戸惑うタイ歓楽街 感染拡大防止へ休業命令

西日本新聞 国際面 川合 秀紀

“隠れ営業”警官隊が摘発

 「18日から31日まで閉店」。張り紙が貼られた店内は実際、薄暗かった。18日昼、本紙バンコク支局近くの繁華街にあるタイマッサージ店は軒並み閉まっていた。1軒の店内をのぞくと、暗い中に女性の人影が見えた。手招きしている。近づくと、女性はドアを開け、周囲をうかがいながら顔を寄せてささやいた。「千バーツ(約3300円)でオーケーよ」 

 タイ政府は17日、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、18日からバンコクや周辺のタイマッサージ店、パブ、バー、風俗店などに2週間の休業を命じた。違反すれば罰金か禁錮刑だ。だがここは世界有数の歓楽街。過去には軍事クーデターが起きてもこれらの店は営業をやめなかった。果たして今回、異例の命令は守られるのか。確かめようと休業初日の街を歩いた。

 午後5時ごろ、支局を離れ、日本人に人気の歓楽街タニヤへ。通常なら人が増え始める時間帯だが閑散としている。ショートパンツのきわどい制服を着た女性店員がいるパブが1軒、営業していた。店長は「うちは食事が中心のレストランだ」。営業の可否は当局には確認していない、という。

 だが休業対象外の居酒屋やレストランを除けば、「カラオケ」と呼ばれるスナックやマッサージ店、バーは閉まっていた。路地裏も同じ。一部の店には従業員がいたが、何軒かで確認したところ「閉めている」。

 マッサージ店が並ぶ路地の奥に進む。すべて閉店の紙が貼られている。店内に女性を見つけた。ガラス越しに「オーケー?」と聞くと、笑顔で指を横向きに示す。隣の薬局に回れ、ということか。入ると、奥でマッサージ店とつながっていた。女性がメニューを持ってきて「シークレットサービス」とほほ笑む。「感染が怖くないの」と尋ねると、笑顔のまま「生活がある」と答えた。

 午後7時ごろ、一帯を抜き打ちで調べる警官隊と出くわした。付いていくと、閉めた店の中にも入る念の入れようだ。あるパブでは半分の席が客で埋まっていたが、警官らが何事か告げると急きょ客を追い出し、閉店に。女性店員は「政府は私たちに何も補償してくれないのに」とぶぜんとした様子で片付けていた。

 バンコクのこうした店の従業員の多くは東北部など貧しい地方やミャンマーなど近隣国からの出稼ぎとされる。休業による減収や失業は彼らとその家族の死活問題となる。

 だが、マッサージ店を営んで約10年のノックさん(28)の思いはもっと複雑だった。多い日で200人いた客は感染拡大の影響で今や10人以下に。東北部出身の従業員約10人を抱え、3カ月連続の赤字だ。

 自分も東北部の貧しい家の生まれ。マッサージ店で働いてためた資金で念願の店を持った。「隠れて営業? そうしたい気持ちは分かるけど、私は嫌。生活より、家族みたいな従業員が感染しないか心配」。店を閉めた18日深夜、ノックさんは従業員全員に当座の生活資金を渡し、車で一緒に一時帰郷することにした。「店を再開したいけど、感染が長引いたら故郷にそのまま残るかもしれない」

 生活か安全か。さまざまな欲望をのみ込んできたバンコクも、この問いに戸惑っているように見えた。

(バンコク川合秀紀)

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