「午後10時半の土間」焦点 検証・大崎事件(22)

西日本新聞 社会面

 原口アヤ子さん(92)が後々まで悔やむ出来事がある。「あん時な、土間からではなく、部屋に上がり、四郎さん(仮名)が寝ているかどうか確かめとけば良かったんや。そうすりゃ、事件に巻き込まれることもなかったんや」。長年支援する武田佐俊さん(76)は「その言葉を何度も聞いた」と振り返る。

 1979年10月12日の事件当夜。路上に倒れた四郎さんは、IさんとTさんに車で自宅に連れ帰られた。2人は当時「全身がぬれていた四郎を午後9時すぎ、自宅土間に置いたまま帰った」と警察に供述。この供述は、確定審では第三者供述として信用性が問題になることはなかったが、2017年に始まった第3次再審請求の高裁審理では真偽が焦点になった。

 弁護団提出の新たな法医学鑑定により、自宅に運ばれた時点で四郎さんが死亡していた可能性が浮上。「生きたまま土間に置いた」とする2人の供述に疑問が生じ、「泥酔して土間に座り込む四郎」を目撃したアヤ子さんが殺意を抱く場面から始まる確定判決の筋書きが成立しない可能性が出てきた。

 アヤ子さんは事件当夜、義弟の四郎さんを連れ帰ってくれたIさん宅にお礼に行った。午後10時半ごろまで過ごし、家が近いTさんと共に家路につき、途中で四郎さん宅に立ち寄る。

 アヤ子さんは当夜のことをどう説明していたのか。遺体発見(79年10月15日)の翌16日付の供述調書には(1)四郎を「玄関口に置いてきた」と聞き、心配になった(2)玄関から中に入ると、土間と部屋の間の障子が開き、奥の6畳間に敷かれた布団が膨らんでいた(3)四郎は布団をかぶって寝ているのだろうと安心し、外に出た(4)Tは庭から懐中電灯をつけて見ていた-。

 同17日付の調書では、土間には誰もいなかったことがより鮮明だ。「私は土間を炊事場横の3畳間近くまで行き、奥の6畳間を見たところ布団が膨れていた」「四郎が寝ていると思い、よく確かめることなく家を出た」

 一方、Tさんは当時、警察に次のように説明している。(1)四郎を下半身裸のまま置いてきた話をアヤ子にした(2)アヤ子は「四郎の様子を見てみる」と言って玄関の中に入り、1分ほどで戻り「もう寝ている」と言った(3)寝ていたのが布団なのか土間なのかは、確かめていないので分からない(4)私は庭の柿の木のそばで待っていた-。アヤ子さんの説明と矛盾はない。

 この「午後10時半」に被害者が土間にいたかどうかは、「IT供述」が正しいのか否か、ひいては「午後11時ごろ、アヤ子らが四郎を殺害した」とする確定判決が成り立つのかどうかの分岐点といえる。その後の再審請求後の尋問でも、アヤ子さんの説明はぶれていない。

 2001年の尋問でこう述べている。「下半身裸の四郎を土間に置いたと2人から聞き、この夜は冷えており、気になった。『様子を見てみようや』と誘ったが、Tさんは『今降ろしたばかりだから見なくていいが』と断った。2度誘ったが答えは同じだった」

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