平野啓一郎 「本心」 連載第190回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 休憩時間には、特設したというエレベーターで降りてきて、リヴィングで待機している僕と話をしたがった。僕は、コーヒーを淹(い)れたり、彼の好きなケーキやお菓子を取り揃(そろ)える役目も担った。内容は、様々だったが、アバターのデザインで、AIをどんな風に活用しているかとか、子供の頃に拾ってきて育てていた猫が、三好が購入したアバターのモデルだとか、それこそ、彼女に話して喜ばれるようなことを、問わず語りに聞かせてくれた。

「僕、事故に遭ってからは、猫がずっと羨(うらや)ましかったんです。部屋の中を、自由に歩き回って、高いところにも登って。気が向いたら僕のところに来て、膝の上に居座って毛繕いしたり。僕は、猫になって、仮想現実の世界で思いっきり駆け回りたかったんです。――そういう思いが籠(こ)もっているんです、あの猫には。」

「そうだったんですか。……しっぽの揺れ方とか、すごくかわいいですね、あの猫は。」

「そうでしょう!? あの動きが好きなんです。」

 そう言って、イフィーは白い歯を見せながら爽快に笑った。

 

 僕は、ほとんど彼の話の聞き役で、大して面白い返事も出来なかったが、あの広いリヴィングがしんとなると、こちらが気を遣(つか)う前に、決まって彼の方が口を開いた。

 僕は凡(およ)そ、彼の憧れの「ヒーロー!」とはほど遠く、彼の方も、早々にそのことには気づいたのではあるまいか。それでも、彼は僕に倦(う)む様子もなく、時には、仕事に差し障るのではと心配になるほど、話を続けたがった。

「ほとんど、家から出ないんですか?」

 ある時、僕は思いきって尋ねた。

「そうですね。一週間くらい、出ないこともありますよ。全部、済んじゃうんで、ここで。スタッフとも全部、ネットでやりとりしてますし。」

「外の空気とか、吸いたくなりません?」

「上にベランダがあるんですよ。ジャグジーもついてて、花壇もあるし、バーベキューなんかも出来ます。今は寒いですけど。トレーニングマシンも置いてるし、運動もメチャクチャやってます。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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