平野啓一郎 「本心」 連載第191回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

「はァ、……全然、想像が及びませんでした。」

「東京の街中を今更、歩いても、高齢者ばっかりで刺激もないし、僕の場合、移動の面倒もあるから、何か、億劫(おっくう)なんですよ。このマンションも、下まで降りるだけで、結構時間かかりますし。」

「確かに、忘れ物とかすると、戻るのが大変ですね。」

「そうそう! だから、仮想空間の中の方が面白いですよ、断然。色んな国の友達に会えるし、鳥になって空を飛んだりも出来るし。外は今は、インフルエンザも流行(はや)ってるから。――あ、朔也(さくや)さんは予防接種、受けてますよね?」

「はい、仕事柄、流行の時期になると、外出を避けたい人からの依頼が多くなるので。――僕の母は、死ぬまで到頭(とうとう)、一度も、インフルエンザに罹(かか)らなかった人なんです。それで、ベビーシッターをしてた頃は、よく罹患(りかん)した子供の面倒を看(み)てました。」

「ヘェー、スゴい! 最強の遺伝子じゃないですか、じゃあ、朔也さんは!」

「いや、僕は何度も罹ってますけどね。……」

 僕にイフィーが支払う報酬のうち、労働の対価と言えるものは僅(わず)かだった。事実として、僕は僕という存在自体を気に入られて、彼から賃金を得ているのだった。

 

 イフィーから夕食に招かれたのは、クリスマス・イヴの火曜日のことだった。

 一日中、彼の家にいるので、昼食を共にすることはしょっちゅうだったが――ほとんどがデリバリーだった――、何度か夕食にも誘われていた。

 十二月も半ばに差し掛かり、クリスマスの予定を聞かれて、僕は三好のことを考えながら、特に何もないと答えた。

「じゃあ、うちでパーティーしませんか? クリスマスらしい料理とか、僕が準備しますんで。仕事ではなくて、友達として来てください!」

 僕はその「友達」という言葉に、覚えず陶然とした。相手は、十歳も年下の若者で、しかも、僕の雇用主という複雑な関係ではあったが。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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