「よろしく」は誰に向けて

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 私の中には映画を入れる二つの箱が並んでいる。一つは「見たい映画」を入れる箱、もう一つは「見るべき映画」の箱である。

 「見たい映画」箱に入っているのは主に娯楽作品だ。コメディー、SFなど幅広いが、見た後にほのぼの、またはスカッとした気持ちになる映画が多い。

 一方「見るべき映画」箱の中にある映画は概して重苦しい。社会の悲惨な実相を暴き出し、その矛盾を告発する。しかし単純な勧善懲悪では片付かないテーマなので、持って行き場のないモヤモヤ感が残る。

 「見るべき映画」箱に入れていた映画を1本、見てきた。「子どもたちをよろしく」(隅田靖監督)。九州でも上映が始まっている。

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 映画の舞台は北関東の小都市。中学生の稔は父、義母、義母の先夫との子である姉と4人で暮らす。アルコール依存症の父は家庭内で暴れ、義母も酒に逃げている。稔は、崩壊した家庭で心のよりどころにしている姉がデリヘル(派遣型風俗店)に勤務していることに気付く。

 稔は仲間と共に同級生の洋一をいじめている。洋一はデリヘル運転手でギャンブル依存症の父と2人暮らし。ガスも止められるほどの貧困状態にある。

 そうした中、姉が家を出たことで稔は絶望し、洋一へのいじめをエスカレートさせる。そして悲劇が-。安直な救いや解決を示さない結末は重い。

 この映画を企画したのは元文部科学省の官僚である寺脇研氏。元同省事務次官の前川喜平氏も企画に加わった。現在の日本社会に生きる子どもたちの苦境に焦点を当て、問題の深刻さを訴える映画となっている。

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 映画を見ていて気が付いたのは、いじめる生徒といじめられる生徒双方の家族は出てきても、それ以外の大人が主要人物として一切登場しないことだ。誰でもいいから周囲の大人が少しでも関与すれば、悲惨な結末を招かずに済むのではないか、ともどかしくなる。

 寺脇氏に聞いた。

 -なぜ映画に大人を出さなかったのですか。

 「子どもたちと地域の人々との関わりがない。それが現状だということ。この映画は一番絶望的な状態を示している。この状態に何を足せば、この物語の悲劇は起きずに済んだのか。観客はゼロからの足し算で何ができるか考えてほしい」

 「文部官僚時代に『学校をこうしなさい』とは言えるのだが、社会をこうしなさいとは言えなかった。それでこの映画を作った。大人が近所の子どもに『おやつ食べていきなさいよ』と声を掛けるようになれば、状況は変わってくるはず」

 そう聞けば、タイトルの「子どもたちをよろしく」が誰に向けられた言葉なのか、よくわかる。

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 私は本来享楽的な人間なので、普段見るのは「見たい映画」が中心だ。しかし時には「見るべき映画」も見るようにしている。見たいものだけを見ているのではアホになりゃせんか、という心配もあるが、やはり私もこの社会の一員である以上、しんどいけど考えておかなきゃならんこともあるよなあ、などと真面目なことを考えるからだ。

 私の「見るべき映画」の箱には、まだいくつかの映画が入っている。

 (特別論説委員・永田健)

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