ハワイ(米国)中 大王ゆかりの地マナに守られ

西日本新聞 夕刊 山上 武雄

 「ビッグアイランド」と呼ばれる米国・ハワイ島を巡る旅。今回は島の北方面へ。ハワイ諸島を統一したカメハメハ大王ゆかりの地を巡る。

 島を時計に見立てれば、10時の位置にある北西部のホテルから12時を目指す。北部には、大王が生まれ、晩年を過ごした多くの史跡や伝承が残る。

 生誕地カパアウは小雨だった。小さな町で南国特有の木々に囲まれ、雨粒にぬれた大王は威厳を示すかのように立っていた。

 こんなエピソードが残されている。カメハメハ大王の像はハワイ州に3カ所、米国本土に1カ所ある。オアフ島ホノルルの像が有名だが、こちらの像は海中で発見された。

 1880年にイタリアで建造された像は、ホノルルまで運ぶ途中に船とともに沈没。ホノルルには代わりの像が建てられた。ところが1912年、沈んでいた像が海中で発見された。回収・修復されて、カパアウへ。大王の魂は生まれ故郷に帰りたかったのかもしれない。

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 次はワイピオ渓谷へ。絶壁に囲まれた緑に、青い海に白波が立つ。岸に近い渓谷は最高610メートルの崖。遠くの滝は白い帯のようだ。

 ここはカメハメハ大王が幼少期を過ごした場所で、「王家の谷」とも称される。今もハワイ島の先住民が住むが、神聖な地とされ、渓谷へ下る際、通行できる車両は制限されている。

 渓谷で乗馬ツアーに参加した。注意点の説明に、英語のできない私は知ったげにうなずいて出発。ハワイの主食でもあるタロイモの栽培地の間を縫いながら、雌馬「スーザン」はパカパカと歩みを進めた。私は初心者。時代劇「暴れん坊将軍」の松平健が砂浜を颯爽と駆けるような手綱さばきはできない。スーザンはあっち行ったり、こっち行ったり。時折、道にある草を食んでいた。これぞ道草です。

 雨のせいで川から水が道にあふれ出した。前を行く米コロラド州デンバーからやってきたという若い女性も馬に手を焼いていた。「もう、神経質な馬だわ。水を嫌がるのよ。どうしたらいいのかしら。イヤになっちゃうわ。お手上げよ」と苦笑いしていた。私は英語力ゼロです。案内役のケンさんが彼女の言葉を訳してくれました。

 慣れないからちょっぴり腰が痛いけど、乗馬は面白い。パカパカ。大自然に抱かれて渓谷をパカパカ。花や果実もつややかだ。オーナーが飼う2匹の小犬が、馬を先導するように走っている。まるではねるように。首輪もリードもない。この自由さ、開放感がいいなと感じた。

 ワイピオ渓谷の洞窟には多くの王が埋葬されているという。この神聖な土地はマナ(霊力)によって守られているそうだ。1946年のアリューシャン地震による津波では、ハワイ諸島全体で159人が亡くなったが、谷の住人から犠牲者は誰ひとり出なかったという。マナのおかげかもしれない。

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 日本ではなかなか味わえない体験をした渓谷から少し東に移動し、ホノカアタウンへ。1920~30年代の建物が今も残る。日系人たちが活躍した町だ。かつてサトウキビやマカダミアナッツの生産が盛んだった。「HASEGAWA」と記されたお店も。前回紹介したコナ地区でもそうだが、望郷の念を抱きながら働いてきた、われわれと同じルーツを持つ先人たちの足跡を見ることができた。

 宿舎に戻り、夜はまたビールをあおった。脚が痛い。スーザンのせいだ。

 次回は、漆黒の溶岩台地に挟まれたハイウエーを走り、9時の方向にあるコナから、2時半のヒロ地区へ。 (山上武雄)

【メモ】ハワイ島の面積は1万433平方キロメートルで四国の約半分、福岡県の2倍強。常夏のイメージだが、高温多湿な地域から寒冷地まで世界の気候帯の多くが分布する。富士山よりも高いマウナケア(標高約4200メートル)は雪が積もり、大雪警報が出されることもある。この島では同じ時期に水着と防寒服の対照的な姿が見られるのだ。

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