アイドル編<456>桑田靖子(中)

西日本新聞 夕刊 田代 俊一郎

 福岡県直方市出身の桑田靖子が「脱・プラトニック」でシングルデビューしたのは、1983年だ。アイドル歌謡史の中で「花の82年組」という呼び方がある。82年は中森明菜、小泉今日子など多くのアイドル歌手を生み出した。 

 これに対比して「不作の83年組」と言われる。「83年組」は2018年、デビュー35周年を記念してのライブ「83年組アイドル~不作と言われた私たち『お神セブンと申します』」を開いた。一種、自虐的なタイトルだが、このように歴史化、対象化できるには35年という歳月が必要だったともいえる。このときに出演した「お神セブン」のメンバーは桑田のほか大沢逸美、森尾由美、松本明子など6人である。 

 桑田は「本当に不作だったかもしれません」と振り返る。不作な中でも桑田は歌の実力で健闘した一人でもあった。83年は「脱・プラトニック」の後、「愛・モラル」「もしかしてドリーム」を発売し、どちらもオリコン70位台をキープした。一方で、アイドル歌謡そのものが徐々に下火の傾向にあった。 

   ×    × 

 桑田の存在を印象付けたのはテレビのバラエティー番組への出演だ。85年、人気番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」がスタート、桑田もレギュラーとして参加した。デビュー当時から「しゃべりが面白い」と言われていた。快活な性格でもあった。 

 「事務所もどうにか芸能界で生き残る方法を考えてくれていたのだと思います。その方向でも伸ばしたいとの思いは知っていたので、食らいついていく感じで、当初は必死でした」 

 戸惑い、悩みながらさまざまなジャンルの個性豊かなタレントたちにもまれていく。学んだことも多かった。「テリー伊藤さんの演出は奇抜で、想像を超えたものでしたし、(ビート)たけしさんもまたそうでした。『モノをつくり、それを壊していく』みたいなモノ作りの面白さなどを経験しました」 

 この番組だけではなく、ほかのバラエティーにも出演した。「バラドル」としてテレビでの露出が増えた。「忙しくなればなるほど、歌の活動が少なくなっていき、歌をやれなくなるのでは…との不安は、大きくなっていきました」 

 テリーやたけしなどに学んだ破壊と創造。それは生身の桑田自分の生き方にも跳ね返ってきた。

  =敬称略 

  (田代俊一郎)

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ