アントワネットの素顔 大串誠寿

西日本新聞 オピニオン面

 先般、拙稿「『ベルばら』王妃と画家」で池田理代子さんの漫画からマリー・アントワネットの場面を引用した。すると同シーンを覚えているという複数の声が寄せられた。本筋とは関係ない場面にもかかわらず記憶されていたことから、変わらぬ関心の高さと人気がうかがわれた。

 遊興と乱費でフランス革命を招いたとされる王妃に関する本の刊行は、近年も海外で続き、邦訳されている。教科書が触れていない側面も伝えている。

 王妃の親友であり王子の養育係でもあったポリニャック公爵夫人は、革命が勃発すると早々に亡命。世情が騒然とする中、王妃はトゥルゼル公爵夫人を後任に指名した。その際、王子に対する教育方針を示したが、その文章は医師さながらに明晰(めいせき)だった。

 「第六歯の生えるときだったと思いますが、引きつけを起こしました。それ以来、引きつけは二回だけ、一回は一七八七年冬から一七八八年にかけて」(シュテファン・ツヴァイク、中野京子訳「マリー・アントワネット」角川書店)。また犬を怖がる王子に、怖がらないよう強いることはしないと記し「判断がつくようになれば、自然に恐怖も解消されてゆくと思っているからです」(同書)と説く。

 さらにしつけの際には決して立腹の態度を見せないとし「決定理由を子供たちの年齢なりに理解できるよう説明し、単に私の気まぐれで決めたわけではないと知ってもらいました」(同書)と記す。

 王の一家が革命政府により幽閉されると、王妃は軍事機密を含む手紙を自ら書き、他国に救援を求めた。暗号文には交信相手と共通の書籍を用い、解読のために次のような指示を送っている。「ページの最初の単語を使ってください。ただし四文字以上の単語」(エヴリン・ファー、ダコスタ吉村花子訳「マリー・アントワネットの暗号」河出書房新社)

 王子らを守りながらの諜報(ちょうほう)活動である。極限状況下での難作業だったはずだ。

 一般的な歴史解説書はアントワネットを、わがままで勤勉さを欠く、軽薄な女性と伝える。しかしその評価に収まらない聡明さを、本筋でない記録の端々から感じる。

 王妃は、画家が床に落とした画材を拾い集めたとも記されており、「ベルばら」から引用したのはこれに該当する場面だ。身分不相応にも思えるとっさの親切から、飾らぬ人柄と善良な素顔が垣間見える。教科書が教える以上の人間的魅力をくみ取ることは、ひいき目が過ぎるだろうか。

 (写真デザイン部次長)

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