平野啓一郎 「本心」 連載第195回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 考えてみると、イフィーの専属となった後の僕の仕事は、<母>が施設で、元大学教授の話し相手を務めているのと、似たり寄ったりだった。

 <母>は、僕が尋ねると、よくその「吉川先生」という男性の話をした。よほど<母>のことを気に入っているらしく、近頃では、施設の人が、預金の残高を心配するほど連日<母>を呼んで、毎回、四、五時間ほど話し込んでいる。

 相手がずっと笑顔だからだろう、吉川の話をする時、<母>の表情もまた明るかった。少なくとも、ネットで掻(か)き集めた日々のニュースについて、僕に語って聞かせる時よりも、遙(はる)かに生き生きとしていた。

 イフィーからクリスマスのパーティーに誘われた数日後、街に灯(とも)ったイリュミネーションが綺麗(きれい)だという話をした後に、<母>は唐突にこう言った。

「お母さんね、最近、安楽死のこと考えてるの。」

 穏やかな、静かな表情だった。

 僕は言葉を失った。あの日、河津七滝の大きな滝を背に聴いた母の声が蘇(よみがえ)ってきて、涙が満ちてきた。しかし、眼の中で嵩(かさ)を増したものの、下瞼(したまぶた)の縁(ふち)を超えそうなまま、溢(あふ)れることもなく静かに止まった。目尻だけを、多少、濡(ぬ)らしながら。

 ヘッドセットのレンズがほのかに曇った。

 <母>は驚いて、

「どうしたの、朔也(さくや)? 何か悲しいことがあるの?」

 と尋ねた。涙と言うより、僕の眼はまた、下を向いてしまったらしかった。

 <母>は、安楽死を口にする一年前に人格を設定されているはずだった。VF(ヴァーチャル・フィギュア)が、本当に自分の死についてなど、考えるはずがない。しかし、僕は<母>からどうしても、「もう十分」というあの言葉だけは聞きたくなくて、首許(くびもと)を強張(こわば)らせた。会話の流れを<母>に委ねることは出来ず、僕は口を開いた。

「どうしてそんな話するの?」

「吉川先生が、お母さんに相談するのよ。安楽死の手続きを始めたって。」

「……そう。――ご家族は?」

「いらっしゃらないのよ。それで、もう十分、生きたって仰(おっしゃ)って。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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