失明に下血…衰えていく“わが息子” 下した苦渋の決断

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(67)

 愛犬にして、わが息子の「ボーイ」は再び軽井沢に戻ることはありませんでした。東京都内の動物病院に2005年1月20日に入院しましたが、懸命の治療のかいなく、2月2日に死にました。

 「軽井沢のボーイ」(牧野出版)に書きましたが、1泊2日の検査入院のつもりだったのに、私と妻は近くのホテルに2週間滞在することになりました。重篤だったのです。腹水がたまり、肝臓がんの疑いが持たれ、さらにリンパ腫だと獣医師に告げられました。その単語だけで、どれほど重い病気かが分かります。

 獣医師からは「開腹手術をすれば退院できるだろう」という言葉をいただきました。でも、2月1日でした。ボーイに付き添っていた看護師が青い顔で「目が…、見えなくなったんです…」。ボーイの視線が合いません。私は立ち尽くしました。失明です。

 ボーイはじたばたすることなく、悲しい声も上げません。私と妻は祈るよう気持ちでマッサージをしましたが、ほとんど反応はありません。静かであるが故に、胸が押しつぶされそうでした。

 つらくても希望は持っていました。体力が戻れば、手術ができるし、退院だって…。そのために手術前の輸血をしました。「そばにいてくれるだけでいい。私たちが目になればいい」。残念ながら輸血の効果はなく、日に日に衰えていきます。いたたまれなくなった私が獣医師に「治るのか」と問い詰めても、明確な返答はありません。

 その後、ボーイは下血。病状は悪化する一方です。妻は泣いてばかりで、私も仕事どころではありません。獣医師に助からないことを確認し、私は決めました。ボーイを楽にしてあげよう、と。苦しみながら死なせるより、私たちの手の上で見送りたい。安楽死の選択です。

 ある部屋に私たちが通されると、やがて看護師に抱かれ、白いタオルにくるまれて顔だけ出したボーイが現れました。ほとんど動きません。私と妻はボーイを抱きしめました。2人とも愛息をさすりながら「痛かったね。つらかったね。ごめんね」と泣きながら謝りました。

 涙をためた獣医師は注射器をタオルで隠し、ボーイの足先を確認しました。私と妻を見つめうなずくと、私たちもうなずきました。そして、それは実行されました。午後6時10分。ボーイは天に旅立ちました。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

………………

 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月04日時点のものです

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