「死にたい」つぶやいて家出した妻 最悪の事態想像した夜の一報

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(69)

 妻が行方不明になったのは2008年11月初旬でした。夕食に友人夫婦を自宅に呼んだ夜。私は酔った勢いで妻にひどく当たりました。深酒して、独善的で思いやりのない言葉を浴びせたのを覚えています。翌朝、彼女はいませんでした。

 隣の寝床はきれいにベッドメーキングされていました。二日酔いの頭を抱えながら、私は家中を、庭も捜し回りましたが、見つかりません。自宅のある軽井沢は雪が降っていました。電話をしても、メールを打っても応答はありません。不安ばかりが募ります。

 前の晩、私がひどい言葉を放ったとき、妻は泣きながら「死にたい」とつぶやきました。嫌な胸騒ぎがしました。本当に死ぬかもしれないと思うと、膝の辺りが震えだしました。

 この日の軽井沢は昼ごろから雪が降り始め、夕方には積もりました。昨夜の一件を知る友人夫婦も心配して捜してくれたものの、手掛かりは全くつかめません。当時の様子は私の著書「佐世保に始まった奇蹟(きせき)の落語会」(牧野出版)に書き残しています。森閑とした林の中を車で走り、ヘッドライトが人影を照らすと動悸(どうき)がして、窓を開けて呼び掛け、別人と分かると落胆しました。夕闇に妻の名前を叫び続けました。警察にも相談しました。

 最悪の事態を想像しながら迎えた夜。「妻を見つけて自宅で保護しているけれど、私には会いたくないと言っている」と友人夫婦から連絡がありました。翌日には別の場所に移動したようです。友人夫婦と妻との約束で、行き先を知ることはできませんでしたが、この夫婦のおかげで助かりました。

 東京生まれの横浜育ちの妻。同じ年齢で、私が佐世保から上京した19歳の時から付き合い、大学卒業と同時に結婚しました。コピーライター、放送作家として忙しくしていた私を支え、軽井沢にもついてきてくれました。独立した一人娘もしっかりと育ててくれました。そして、共に慈しみ、かわいがった愛犬「ボーイ」との日々。感謝することばかりなのに、私の身勝手な行動と暴言で彼女を苦しめてしまいました。

 悲痛な思いで家を飛び出した妻。これまでの心ない妻への行為に対して、私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。早く会いたい。そしてわびたい。

 行き先が分からない不安を抱えて迎えた4日目。妻が意外な所にいることが分かりました。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

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 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月06日時点のものです

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