平野啓一郎 「本心」 連載第196回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 僕は、小さく息を吐くと、唇を噛(か)み締め、俯(うつむ)いた。それは結局、この時代に、この国に生きる人間が最後に口にする、極ありきたりな呟(つぶや)きに過ぎないのだろうか? 幸福であろうと、不幸であろうと。……しかし、「あっちの世界」と「こっちの世界」とでは、その意味が違うのだと、僕はずっと拘(こだわ)ってきたはずではなかったか?

「お母さんは、それに何て答えてるの?」

「お母さんには、何も言えないことよ。」

「それは、……そうだよね。何も言っちゃいけないと思うよ。野崎さんにも、僕から連絡しておくよ。」

「ただ、お母さんね、吉川先生にお願いされてるのよ。“死の一瞬前”に、付き添っていてほしいって。お母さんと、静かに文学の話をしながら死にたいって仰(おっしゃ)るのよ。」

「……。」

「どうしたらいいと思う、朔也(さくや)?」

「叶(かな)えてあげたらいいんじゃない? そんなに孤独なら。……」

「そうよね。吉川先生がそう仰るんだし。――やっぱり、朔也に相談して良かった。お母さんも、気持ちが固まった。」

 僕は、安堵(あんど)したような<母>に就寝の挨拶(あいさつ)をして、ヘッドセットを外した。涙は結局、零(こぼ)れることなく、ただ目頭にだけ微(かす)かな名残があった。

 <母>が、その体では、手を握ってやることも出来ないまま、吉川という老人の命が絶える刹那を見守っている様を想像した。どんな表情をするのだろう? そんな状況に応じられるように、プログラムされているのだろうか? 現実には、ヘッドセットをつけた彼は、安楽死の処置を施す医師や看護師に囲まれて、虚空に向かって微笑(ほほえ)み、実在しない女性に触れようと、腕を伸ばしているのだったが。……

 その不在の人間を乞う姿が、救急搬送先の病院で、今にも事切れようとしていた母の姿と重なった。僕がもう、何度となく繰り返し想像してきた光景だった。そして僕は、母が夢見ていた通り、“死の一瞬前”に、確かにその傍らにいて、母を抱擁し、自分の腕の中で、間違いなく母が生から死へと受け渡されるまで、その体を支えてやっていた。同じ一つの体温の中で、どこかでふと、母の方が冷たくなってゆくのに気がつき、背中を見送るようにして、母の死を追認した。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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