本当に「復興五輪」か 下村ゆかり

西日本新聞 オピニオン面 下村 ゆかり

 今夏の東京五輪・パラリンピックは1年程度延期されることが24日、決まった。

 前日の23日。大会組織委員会が開いた記者会見で武藤敏郎事務総長は、26日に東日本大震災の被災地・福島県でスタートする予定の聖火リレーについて「中止は全く考えていない」と断言。森喜朗会長も、福島の地元紙記者からの質問に「あえて申し上げるが、26日には私が必ず福島県に参ります」と念押しするように答えた。しかし-。

 五輪延期に伴い、急転直下で聖火リレー中止を発表した24日夜、会見で森会長の対応も一転した。

 「26日はすべての行事を取りやめたので、行かねばならない理由はなくなった。もし来いと(福島県の)内堀雅雄知事からあれば、行くのはやぶさかじゃないが、今のところ必要ないと思っている」

 振り返れば大震災が発生した2011年、石原慎太郎・東京都知事(当時)が被災地の復活を世界に発信する「復興五輪」をテーマに、大会の招致委員会を設立した。13年に東京開催が決定して以降は、五輪がつくり出すレガシー(社会的遺産)の一つとして「被災地との絆を次代に引き継ぐこと」も掲げてきた。

 森会長の「行く必要はない」発言は大会テーマを完全に忘れ、福島を軽視したものと言わざるを得ない。

 聖火リレーの出発地となるはずだったサッカー施設「Jヴィレッジ」では、一部を関係者以外立ち入り禁止にして最優先で準備が進んでいた。スタジアムは、希望を表す色とりどりの花々で飾り付けられていた。

 聖火が20日に国内に到着して以降も、リレー関連行事の縮小や変更は連日続いた。それでも県の担当職員たちは、国際オリンピック委員会(IOC)と安倍晋三首相らの電話会談が24日夜にあるとの情報に接し、聖火リレーにどんな変更があっても25日朝から対応できるよう、段取りを整えていた。

 すべては組織委が最後まで「26日に聖火リレーがスタートする計画に変更はない」と公式にメッセージを発信していたためだ。信じて準備を続けた福島の聖火ランナーやボランティア、職員の元に森会長は足を運ぶべきではなかったか。そこで、今日までの準備に対して誠意を込めた感謝のひと言を掛けるべきではなかったのか。

 五輪と聖火リレーは21年に持ち越される。「被災地」「復興」の理念が看板倒れに終わらぬよう、組織委はもう一度、原点に立ち返り準備に向き合ってもらいたい。 (東京報道部)

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