平野啓一郎 「本心」 連載第197回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

――僕は、まるで自分が、本当にそうしたかのような偽の記憶にしばらく浸っていた。実際には、母の手もまた、不在の僕を求めて、あの時、虚空に伸びていたのだったが。……

 

 僕は、これまで躊躇(ためら)っていた手紙を、藤原亮治に宛てて書くことにした。

 決心を促された理由は幾つもあったが、説明しようとすると矛盾もあり、心許(こころもと)なかった。

 僕はやはり、自分自身の出生について確かめたかった。

 僕の父親は、戸籍上は空欄だったが、母からはディズニーランドで一緒に撮った写真を見せてもらい、震災のボランティアで知り合ったというその人の思い出を、色々と話してもらっていた。

 しかし、三好によれば、父の存在についてのその物証はニセモノであり、語られたところはすべて作り話なのだった。

 こんな侮辱的な指摘に対して、僕が強く反発しなかったのは、結局のところ、母の話に薄々(うすうす)感じていた僕の疑念が、やっと手を差し伸べられたといった体(てい)で、この話に縋(すが)りつき、抱きついたまま、離れなくなってしまったからだった。三好の憶測(おくそく)は、母が彼女に語った打ち明け話に基づいていた。つまり、僕は母に、彼女を介して再会したのだった。

 母は確かに、僕に父の話をしてくれた。けれどもそれは、想像で描いた街の絵のように、現実ならば当然あるような、思いがけない細部や、フレームの外側に無限に拡(ひろ)がってゆくような断片を欠いていた。その父は、出来の悪いVF(ヴァーチャル・フィギュア)のように、人間らしい感じがまったくせず、「不気味の谷」の遙(はる)か手前といった感じだった。

 正直なところ、僕はこのことと、どう向き合えば良いのか、途方に暮れていた。まず不確かだ。しかし、真相が何か、明るいものであるとは凡(およ)そ想像できず、もう何ヶ月もの間、僕の心の一隅には、薄暗い、重たい靄(もや)のようなものが澱(よど)んでいて、不意に胸に溢(あふ)れ出す度に、僕はその栓を閉めようとするように、目を瞑(つむ)り、眉間を引き絞ってしばらく耐えていなければならなかった。

 そして、僕はこの謎が、僕の中にあるもう一つの大きな謎と関連しているのかどうかを、折々、ぼんやりと考えていた。つまり、母の唐突な安楽死の決意と。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ