「肥(ふと)った豚よりも痩せたソクラテスになれ」ー…

西日本新聞 オピニオン面

 「肥(ふと)った豚よりも痩せたソクラテスになれ」-。富や名声より思想を重んじよとの意か。1964年の今日、東京大の卒業式で大河内一男学長が卒業生に贈った名言とされていた

▼それは間違い、と5年前に当時の東大教養学部長が明かした。まず、これは英国人哲学者ミルの論文の引用で、大河内氏の言葉ではない。おまけにミルの言葉としつつ内容を大幅に変えていた

▼さらには式でこの部分は読み飛ばされたが、草稿を基に書かれた記事が新聞に載って反響を呼んだという。これぞ言葉の一人歩き。裏を返せば、発せられずともそれほど人の心に響く「言霊」であった

▼その5年後、学生運動の嵐が吹き荒れる東大で、イデオロギー上の敵である天才作家と熱い討論を交わした千人の学生は、さしずめ痩せたソクラテスだったか。映画「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」を見た

▼「天皇主義者」として描かれる三島は討論会に単身で出向き、血気盛んな全共闘の集団と対峙(たいじ)する。それでも敬意を忘れず時に冗談も交え、自らの思想を熱弁。やがて笑いや拍手も起こり、思わず「三島先生」と呼ぶ学生まで

▼最後に三島は言った。「言霊を残して私は去っていく。諸君の熱情は信じます」。分断がはびこる今の世界。口汚く一方的な主張ばかり聞かされる耳にやけに新鮮に響いた。熱情あふれる「言霊」の使い手、三島由紀夫。今年で自決50年になる。

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