平野啓一郎 「本心」 連載第198回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 ――必ずしも、直接的に、というわけではないのかもしれない。しかし、その思いを、母の人生の全体から理解しようとするならば、少なからぬ意味を持っているには違いなかった。

 祝福され、愛し合う二人の手で育てられた人に比べれば、僕の存在の足許(あしもと)は冷たく、脆(もろ)い。三好のように虐待する親の家庭で育てられるのと、どちらが不幸だろうかと問うだけ問うてみて、最初から答えを考える気はなかった。

 僕の、凡(およ)そ母には似ていない内省的で、折々まったく非現実的な性格は、恐らく、その誰だかわからない父親に似ているものと思われる。

 とすると、僕は父を、僕に似た人間のように想像して構わないのだろうか?

 この世界のどこかに、本質的に僕のような人間がもう一人いる? それは、どういうことだろうか?

 母は僕に、自分の愛した人の面影を見ていたと、想像すべきだろうか。或(ある)いは、偽りで上書きせねばならないほど、不幸な思い出であるその人物の相貌を僕に認めて、苦しんでいただろうか。――

 

 母は、藤原亮治という作家に、三好に対してよりも、もっと多くのことを語っていたのではあるまいか?

 少なくとも、三好は二人が、そう想像して構わないくらいの関係にあったことを、僕に仄(ほの)めかしていた。

 僕には誰か、相談者が必要だ。そして、僕に母の秘密を語ってくれ、僕の困難を共有してくれる人がいるとするならば、藤原亮治以外にはいなかった。

 しかし、他方で僕は、彼に対して、もっと飛躍的な想像を抱いてもいた。――つまり、彼こそが、実は僕の本当の父親なのではあるまいか、と。

 この考えが、人の失笑を誘うことは知っている。しかし僕は、唐突に、自分の父はこの広大無辺の世界の、見知らぬ誰かだと告げられ、しかも、母の周囲にいた男性としては、藤原以外の存在を一切知らないのだった。

 どうして、彼だけを、その可能性から除外して考えられるだろうか?

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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