地元で起こった凄惨な事件 マスコミに覚えた悲しみと怒り

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(73)

 佐世保で落語会をやりませんかと、小宮ちゃん(コント赤信号の小宮孝泰)に誘われ、最初は興味がなかった私でしたが、あるアイデアが浮かんで話に乗っかることにしました。地元の子どもたちを前座で参加させることです。

 話を受けた6年前、2004年の6月、佐世保市の小学校で6年生の女児が同級生に殺害されました。ショックでした。母校ではありませんが、私にとって小学校は、気の置けない仲間と夕方遅くまで遊んだ楽しい思い出の場所でした。そこで凄惨(せいさん)な事件が起きたのですから。

 悲しみとともに怒りを覚えたのは、東京でのマスコミの受け止め方です。事件当時はキー局で台本を書いていました。連日放映される故郷。訳知り顔で、まるで佐世保の子どもたちみんなが怖いような扱いをするリポーター。帰京したスタッフが、何も知らないくせに佐世保の悪口を言う様。「いいかげんなことばかり言いやがって」。はらわたが煮えくり返りました。

 故郷の子どもたちのために、自分のキャリアを生かして何かできることはないか。当時の軽井沢の自宅にいるときも、テレビ局の会議中でも、自問自答するようになりました。

 事件の1年前、佐世保市の市制100周年を記念するイベントを頼まれ、私の作・演出で吉本新喜劇のメンバーが100人の市民と共演する「佐世保オリジナル新喜劇」を上演しました(この舞台のことはそのうち)。「学校や家庭では経験できないことができた」と出演した子どもたちに好評でした。

 それを思い出し、子どもたちに佐世保オリジナルの落語を書いて稽古して、地元の皆さんの前で披露するアイデアが膨らみました。賛同してくれた小宮ちゃんは、落語家を当たってみると約束してくれて、私は子どもたちを募る。こうして話を進めていきました。

 子どもたちは見つかりました。佐世保南高時代の同級生で、小学校の校長をしていた女性のおかげです。落語会の運営も、家出した妻(原因は私です)を救ってくれた同級生とその奥さんたちが無償で動いてくれました。サンキュー、ダンケシェーン、スパシーバ。どんなにお礼を言っても足りないくらい、ありがたかったですね。

 小宮ちゃんも、落語家さんを見つけてくれました。すごい、あの「キョンキョン」です。なんてったって、ですよ。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

………………

 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月12日時点のものです

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ