やっとこぎ着けた落語会 満席の会場…笑いの渦に包まれ感謝感激

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(75)

 2010年8月7日は私にとって忘れられない日になりました。第1回佐世保かっちぇて落語会「柳家喬太郎・小宮孝泰二人会」は盛況、いや大盛況でした。開場を告げる一番太鼓に続き、私はあいさつのため舞台に立ちましたが、満席に声が詰まりました。感謝感激。定員600人がぎっしり埋まった佐世保市コミュニティセンターは笑いの渦に包まれました。

 前座を務めた、私が「落語っ子」と呼ぶ子どもたちによる佐世保オリジナル落語も大成功。そりゃそうでしょう。何カ月も前から、私が彼らに稽古をつけてきたのですから。「偉そーに」って思わないでください。長年、日本のテレビ界をリードする人たちと仕事をしてきたプロとしての矜持(きょうじ)です。本気で教え、子どもたちもお客さまを前に、見事に応えてくれました。

 小宮ちゃんも出色の出来でした。滑稽話の「青菜」と白い犬が人間に変身する「元犬」を演じ、コント、ひとり芝居だけでなく、これほど才能が豊かなのかと感心しました(声を潜めて言いますが、テレビで有名な落語家でも、いまひとつと思う方もいます)。

 妻の佳江さんの前で素晴らしい二席でした。喬太郎さんは「お菊の皿」と「竹の水仙」。これがまた面白い。舞台袖から大笑いする観客を見て、胸が熱くなりました。軽妙な新作でも鳴らす喬太郎さんですが、あえて古典の二席を選んでくれました。真摯(しんし)な気持ちを感じ、その後の噺家(はなしか)を選ぶ私の基準になりました。

 佐世保は落語文化が不毛だったと思います。この会で本物の高座を見聞きすることにより、落語って面白いんだなと少しは気付いていただけたのではないでしょうか。ここにこぎ着けるまで、いろいろとありました。仕上がったポスターの「柳家喬太郎」の名が「柳屋喬太郎」と印刷されていたときは、怒りよりもあまりの無知に悲しくなりました。会場選びも簡単にいかず、お役所の難しさを感じました(この話はいつか)。

 あんなことやこんなことがありましたが、大団円のうちに幕。佐世保南高の同級生をはじめ、その友人、その家族など、チケットを一枚一枚手渡しで地道に売ってくれた皆さんの協力のおかげです。

 成功裏に終わった落語会の翌日、喬太郎さんは先に帰京し、小宮夫妻には佐世保観光を楽しんでもらいました。佳江さんの調子が悪そうなのが気になりましたが…。 

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

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 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月14日時点のものです

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