ウイルスに精神論は通じるか

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 東京五輪の延期が決定した。世界でも日本でも新型コロナウイルスの感染拡大が続いている現状を考えれば、競技者やファンにとっては残念だろうが、延期は妥当な決断だといえる。

 「五輪を開催しつつウイルスを抑え込む」という二正面作戦は破綻のリスクが大き過ぎる。まずウイルス対策に全力を集中した方がいいのは明らかだ。

 ところで今回、危機管理という視点で、延期決定に至るまでの関係者の動きを観察していた私は、何度も「大丈夫か?」と不安を覚えた。組織トップの言動に、日本社会の特徴である「非合理的な精神論」が顔をのぞかせていたからだ。

   ◇    ◇

 延期決定の4日前に当たる3月20日、日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事が「私の中では延期しないで開催するという根拠が見つからない」と延期論に言及。今夏開催が困難になっている現実を冷静に見据え、JOCに問題提起する姿勢を示した。

 山口氏は日本の女子柔道を興隆に導いたパイオニアであり、五輪メダリストだ。「さすが山口さん」と私は内心で拍手を送った。

 しかし、この発言を聞いたJOCの山下泰裕会長は「安全、安心な形で東京大会の開催に向けて力を尽くしていこうという時。一個人の発言であっても極めて残念」と延期論を否定し、不快感をあらわにした。

 はあ? それって「みんな頑張ってる時に異論を言うな」ってこと? 「このまま突っ込んだら危ないよ」って言うのも駄目なの? それとも「一度決めたことは絶対にやり通せ」って意味? 山下会長の発言を聞いた私の頭の中に10個ほどの「?」が点灯した。

   ◇    ◇

 山下会長だけではない。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は新型コロナウイルスの影響が取り沙汰され始めた2月21日、五輪関連イベントでこんな発言をしていた。

 「早くコロナウイルスがどこかに消し飛んでほしいと神にも祈るような毎日」

 「私はマスクをしないで最後まで頑張ろうと思っている」

 この時は巨大な「?」が頭の中に浮かび上がった。マスクをしないことがどうして「頑張る」ことになるのか。会長がマスクをしないことで何かプラスの効果が生じるのか。意味不明の精神論である。前半の「神にも祈る」もよく考えればすごい。「神頼みかい!」と突っ込みたくなる。

   ◇    ◇

 危機管理とは何か。端的に言えば「最も『考えたくもない事態』を考えておく」ことなのである。

 確かに五輪関連組織のトップにとって五輪の延期や中止は「考えたくもない事態」だっただろう。だからといって延期という選択肢を頭から否定し、既定方針を精神論で押し通そうというのは、危機管理の責任者としていかがなものか。

 太平洋戦争末期に旧日本軍が行った作戦の失敗例を分析すると、軍上層部の「現場軽視」「意思決定の硬直化」「科学的根拠に基づかない精神論」などが要因として浮かび上がる。似たような特質が、現在の日本社会にも見え隠れする。

 今回はぎりぎりのタイミングで延期にかじを切ったが、トップの意識構造は変化したのか。来年夏まで心配の種は尽きない。

 (特別論説委員・永田健)

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ