わずか5カ月で進行した病状…柳家喜多八さんの異変に血の気引き

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(88)

 故郷での「佐世保かっちぇて落語会」とともに、縁あって長野県でも「信州ずくだせ落語会」を主宰しています。会を通じて親しくなった柳家喜多八さんはレギュラーになってくれて、玄人筋も認める話芸で観客を楽しませてくれました。

 喜多八さんの異変に気づいたのは、2015年10月開催の「ずくだせ」のときです。入船亭扇遊さん、桃月庵白酒さんとの三人会。師匠たちを迎えるために会場近くの佐久平駅で待っていたところ、扇遊さんと白酒さんがホームから上がってきましたが、2人とも階段下を心配そうに見つめています。そこに遅れて喜多八さんが現れました。

 見た瞬間、血の気が引きました。つえを片手に、まるで操り人形のように不安定で、体の芯が無いような歩き方でした。やせ衰えて顔も体もげっそり。

 喜多八さんが大腸がんを患い、手術をしたのは知っていました。その年の5月に佐世保で開いた落語会のとき、少し足を引きずっていたのが気になりましたが、表情は元気そうでした。わずか5カ月で病状が進行していたのです。

 それでも高座に上がると一流のプロ。あの体調で滑稽話の「あくび指南」を口演し、信州の人たちを喜ばせてくれました。打ち上げにも参加しました。好きな酒は飲まず、コーラを口にする程度でしたが、たばこはやめません。

 私が心配のあまり「たばこはまずいんじゃないですか。やめたがいいですよ」とたしなめると、たばこ片手の喜多八さんの顔がみるみるこわばりました。「いいんだよ! 好きにさせろよ」と怒気を込めて私に返し、場が凍りました。すかさず一喝したのは横にいた扇遊さん。「なんてこと言うんだ! 海老原さんはおまえのことを心配してくださってんだろうが!」

 「睦(むつみ)会」という落語通に人気が高い三人会があります。元は扇遊さんと瀧川鯉昇(たきがわりしょう)さんが始めたのですが、当時無名だった喜多八さんに声を掛けて引っ張り上げたのは扇遊さん。その恩人の言葉に黙ってうなずき、喜多八さんはたばこを消しました。

 打ち上げの途中でしたが、体調が気になる私は早めに喜多八さんを東京に帰しました。その年の12月にも佐世保出演が決まっています。「無理をしないで養生してください」と祈るような気持ちで見送りました。枯れ木のようにやせ細った後ろ姿に胸を締め付けられながら。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

………………

 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年09月30日時点のものです

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ