「イヤ~ン」気難しいと思われていた落語家 メールで見せた一面

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(92)

 今年12月で21回目の開催となる「佐世保かっちぇて落語会」と、10月で9回目を迎える「信州ずくだせ落語会」。二つの会を話芸で大いに盛り上げてくれた柳家喜多八さんが亡くなって3年がたちます。7年前の「ずくだせ」で付き合いが始まり、懇意にしていただきました。

 好き嫌いが激しく、気難しい人と思われていたようですが、私にとってはちゃめっ気のある楽しい人でした。会うたびに親しくなって、メールでやりとりをするようになりました。

 その内容は出演依頼やスケジュールの調整、ギャラの交渉、演目の確認などですが、次第に短いやりとりの中に思わずクスッと笑ってしまうメールを返信してくれるようになりました。特に面白かったのを、いくつかご開帳いたしましょうか。本邦初公開ですよ。

 佐世保で1泊してくれるようにお願いすると「がってん承知乃介 何卒(なにとぞ)よろしくお願いいたしやす」とか「有り難うございます もちりんでげす」。

 落語会の当日、佐世保の天気が快晴であることを伝えると「羽田空港にて晴れ男二人 駒揃(そろ)いました では後ほど」。信州での本番前日、東京よりも寒いことを教えたときは「ご心配有り難うございます あたしの身体には熱い血潮が流れております」。

 こうしたやりとりの締めには「よろしくお願いします」と書くのが世の常であり、喜多八さんの返信も最初はそうでしたが、ある時から「よろちくびお願いします」。これには笑いの免疫力が高い私も笑ってしまいました。

 出演していただいた師匠方に、お客さまの感想をコピーして送っていますが、喜多八さんは自分が褒められると「感想文 有り難うございます うっとり読ませていただきました」とうれしそうなメール。さらに私が素晴らしい高座だったと感謝の気持ちを書いて送信すると、返ってきたのは「イヤ~ン ウッフン」。これだけでした(笑)。

 亡くなって1年後、17年5月の「かっちぇて」は追悼の意を込めて2日間行いました。喜多八さんと佐世保に縁が深く、人気、実力ともに一級品の5人が集まってくれました。入船亭扇遊さん、林家正蔵さん、桃月庵白酒さん、柳家三三さん、春風亭一之輔さん。

 長幼の序、筋を通して義理人情を大事にし、落語家の生きざまを見せてくれた人。柳之宮喜多八殿下から無形の遺産を頂きました。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

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 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年10月04日時点のものです

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