酔いの勢いで約束した「佐世保に新喜劇」豪華メンバー集結へ

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(94)

 放送作家になって以来、多忙を極めていましたが、毎年のように里帰りしていました。その頃は健在だった両親や生みの親である叔母の様子を見るのと、友人たちに会うためです。まさに管鮑(かんぽう)の交わりでした。

 あれは2000年だったか、一緒に飲んでいた友人に「佐世保に吉本新喜劇ば呼べんかね」と頼まれました。佐世保市は2年後の市制100周年の記念イベントを計画していて、そこに関係していた友人は新喜劇の作・演出をしていた私に白羽の矢を立てたのです。

 彼の名は馬郡(まごおり)謙一。地元企業の3代目社長。商工会議所副会頭を務めるなど、公私にわたって地域に貢献している郷土愛の強い男です。その思いは私も同じ。当時の私にとって、新喜劇を呼ぶのは簡単なことでした。全国どこに行っても同じような設定でやる「営業用パッケージ」がありましたから、それで済ませられるなら私も楽です。

 でも故郷でやる以上、簡単に済ませてなるものか。水割りをグイグイ飲みながら力説しました。「やるなら佐世保オリジナル。新喜劇のスターもいっぱい呼んで、市民でんなんでんかんでん、100人バァーッと集めて、だいでんかんでんバァーッてバァーッて」

 馬郡は冷静に整理して市役所の担当に説明したようで、1カ月後に「わが(海老原)の提案、通ったばい」と連絡をくれました。その提案とは①地方公演ではあり得ないほどの新喜劇スターを集める②佐世保ならではのオリジナル脚本を作る③100周年だから市民100人を出して、全員に役をつけて共演させる-。

 酔っぱらって言ったとはいえ、さあ大変。でも私の舌は永田町や霞が関の連中のように2枚もありません。酔っていても有言実行。吉本興業の常務だった木村政雄さんに連絡して「全面的に協力します」と約束してもらいました。

 これでまず①はクリア。座長を内場勝則にして、チャーリー浜、池乃めだか、島木譲二、吉田ヒロ、なかやまきんに君。福岡から博多華丸・大吉、長崎からは寿一実。そして大人気だった山田花子も決定。本場大阪でもそろわないようなメンバーでしたね。

 ②は私の脚本と演出だから問題なし。残るは③の市民参加。100人の枠に、なんと2倍以上の応募があり、オーディションで一人一人の個性を見ながら選ばなければなりません。ほんと、大変やったばってん、面白かったばい。

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

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 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年10月07日時点のものです

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