【新型コロナ不安】 平野啓一郎さん

西日本新聞 オピニオン面

◆段階分けた行動基準を

 新型コロナウイルスを巡る動揺が広がっている。

 重要なのは「専門家」の意見だが、未知のウイルスであり、また、その専門家も様々(さまざま)なので、混乱も見られる。

 難しさの一つは、世界中が同じ問題に直面していて、しかも、日本の状況が特殊に見えることである。PCR検査数を巡る不安も、多くは海外との比較に由来している。

 もう一つは、その影響が、経済を始(はじ)めとして、社会の広範に亘(わた)っている点である。

 更(さら)にもう一つは、現政権の信頼性の問題である。

    ◆   ◆

 終息はいつなのか? その予測は区々(まちまち)だが、年単位の戦いになるとの見方が強い。

 厚労省の専門家会議は19日に会見し、「爆発的患者急増」が起きると「医療崩壊」を招くが、どうにか「持ちこたえている」状態で、「クラスター(集団感染)」の追跡と制圧に注力している、とのことだった。

 我々(われわれ)は、クラスターを引き起こす、(1)換気の悪い密閉空間、(2)人が密集している、(3)近距離での会話や発声が行われる、という「三つの条件が同時に重なる」環境を避けることを求められている。日常での手洗いの徹底などは、周知の通りである。

 私は、この「状況分析と提言」を概(おおむ)ね理解し、その時は、多少、希望のある話と取った。例えば、公園を散歩することは問題なく、通学や通勤も可能な形があるだろう。イベントにせよ、小規模なら工夫次第と思われた。

 が、これは現在、欧米で採られている「ロックダウン(都市封鎖)」を始(はじ)めとする対策と比して、かなりマイルドであり、自己責任的で、実際、月末の3連休では、花見を含めて方々でかなりの人出が見られた。

 イタリアやスペインのような「爆発的患者急増」には至っていない、ということだろうが、日本でも感染源不明な感染者が出ていることは専門家会議も認めている。死者数を見る限り、「持ちこたえている」という認識は妥当と思われたが、首都圏などでの感染者急拡大への切迫した懸念も表明された。

 私たちは一体、どこにいるのか? 政府は「緊急事態宣言」も可能な特措法に基づく対策本部を設置したが、状況を5段階くらいに分け、このレベルではここまでの行動はしていい、更に悪化するとロックダウンが必要で、その代わりその間の補償はする、といった対応を具体的に明示し、地域毎(ごと)に実践できるようにすべきだろう。さもなくば、長期戦がもたない。基準が示されれば、自国・他国の状況と対策への理解も進む。その意味では国際的な統一基準がほしい。政府による恣意(しい)的な対応を抑制する意味もある。

    ◆   ◆

 複数紙が、全国一斉休校という、大混乱を招いた首相の判断が、今井首相補佐官という、たった一人の側近の入れ知恵だったと報じており、首相自身も、専門家会議の意見ではないと認めている。しかし、こんなことは到底許されまい。専門家会議副座長の尾身茂氏は、国会の公聴会で「総理なんかは何とかしたいという気持ちがおありでしょうから」と、文字通りの意味で「忖度(そんたく)」し、批判しなかった。19日の専門家会議でも、この判断の効果については、曖昧なまま評価を避けた。

 しかし、国民には様々な自由の制限を求めつつ、肝心の政府が専門家を無視するようでは話にならない。それが許されるならば、政府は今後も、支持率対策で、派手だが科学的な根拠の薄い政策を選択する危険がある。専門家会議が国民の信頼を失えば、破滅的な結果を招くだろう。

 森友問題を象徴とする現政権の情報の隠蔽(いんぺい)・改竄(かいざん)体質は、大きな不安である。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年に「日蝕」で芥川賞。「マチネの終わりに」で渡辺淳一文学賞。「ある男」で読売文学賞。本紙朝刊で「本心」連載中。

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