松岡修造氏が語る飯塚車いすテニス 中止でも「大会の意義変わらず」

西日本新聞 筑豊版 長 美咲

「国枝選手を育てたのは飯塚大会」

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、福岡県飯塚市で4月21~26日に開催予定だった天皇杯・皇后杯第36回飯塚国際車いすテニス大会(西日本新聞社など共催)が中止となった。1985年に始まった歴史の中で、中止は初めてだが、大会の意義や役割は変わらない。あらためて飯塚大会について考えるため、スポーツキャスターの松岡修造さんに語ってもらった。

 -パラスポーツへの関心が高まっている。

 「パラスポーツは、日本人にとって身近な存在になっている。車いすテニスの場合は、今年の全豪オープン車いすの部で優勝した国枝慎吾さん、上地結衣さんという強い選手がいることが大きく、見ている人たちを前向きな気持ちにさせてくれるスポーツになっている」

 「1999年に初めて飯塚大会を訪れた時、車いすテニスはここまでメジャーな競技ではなく、国枝選手もまだいなかった時代。それだけ、国枝さんという選手の影響力がすごいということ。(四大大会通算20勝の)ロジャー・フェデラー選手がかつて、日本の記者に『なぜ日本から世界的な選手が出てこないのか』と聞かれ『日本には国枝慎吾がいるじゃないか!』と答えた。その国枝選手を育てたのが飯塚大会であり、ボランティアの人たちだと思う」

 -飯塚大会の印象や評価は。

 「まちを上げて、みんなで大会や選手を支えていると感じる。選手たちも大会だけでなく、現地の文化や思い、人間味を感じていると思う」

 「とても大きな国際大会を、地方で継続して開催している。だからこそ、みんなが心を一つにして運営しているし、誇りにつながっている。毎年やっていくなかで、いろんな思いに気づき、反省点を見つけ、選手がもっと良いプレーができるように、より良い環境をつくりたいという思いも生まれ、自然とまち全体がバリアフリーな考え方になっていく」

 -飯塚大会が果たしてきた役割とは。

 「2018年の平昌冬季パラリンピックに行き、ボランティアはもちろん、開催地のみなさんの障害者に対する考え方や接し方、まちの作り方が大事だと思った。本当の意味で、選手の気持ちになって最適なまちやコートをつくるのと、ただ決まりに沿ってつくるのは違う。飯塚は前者。選手も『障害は個性で、健常者と障害者に境はない』『自分はひとりのテニス選手だ』という意識を大会に育てられたはずだ」

 「(今年は中止になったが)大会の意義は変わらない」

(聞き手は長美咲)

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