「心のトゲ抜く時が」元消防長、60歳の決断 第二の人生を東北支援に

西日本新聞 大分・日田玖珠版 吉川 文敬

 3月31日付で大分県の中津市消防本部を定年退職した元消防長の磯野宏実さん(60)は3日、福島県浪江町の職員として再スタートを切る。同町は東京電力福島第1原発から最短4キロに位置し、現在も町域の約8割が帰還困難区域。「9年間、心にずっとひっかかっていたトゲを抜く時が来ました」と静かに闘志を燃やしている。

 2011年3月11日午後。中津市民病院の係長だった磯野さんは、院内の待合室で東北の津波被害を伝えるテレビにくぎ付けになった。知人の浪江町職員柴野早苗さん(42)のことが頭をよぎった。柴野さんとは01年、ある研修会で知り合った。柴野さんの携帯にかけ続け、3日後につながった。柴野さんも夫も無事だった。「人生であのくらい胸をなで下ろした経験はなかった」と振り返る。

 東北を支援したい思いは市職員のだれよりも強いと思っていたが、同年4月、市観光課に異動。14年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」放映に向けた市のPR戦略の最前線で、やりがいを感じた。「東北支援より仕事を選んだんです」

 その後、生活保健部長、消防長と職責が重くなる。「大勢の部下がいるのに言えなかった。これも言い訳です」と語る。

 市は15年から、定年の職員を再任用して東北の自治体などに派遣する取り組みを始めた。定年も迎える。息子2人も大学を出し終えた。やっと踏ん切りがついた。

 同町の人口は震災当時の5%ほどの約1100人。「磯野さんが来てくれることはうれしさ半分、申し訳なさ半分」と語る柴野さんも津波で新築の自宅を失った。今もアパート暮らしだ。「でも人生は続くんです。もう一踏ん張りしますよ」と前を向く。

 「公用車が足りないので自分の車で来て」。町側の唯一のリクエストに応じ、磯野さんは1日、自分の軽乗用車に荷物を満載にして、中津を出発した。浪江では区画整理や道路整備に関して住民側との調整役を担当する。「私1人が行ったところでどうなるものでもない。でも現地で住民と対話し、汗を流したいんです」。表情に迷いはない。 (吉川文敬)

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