映画「わたしは分断を許さない」  避難者、難民 小さな主語で今を

西日本新聞 吉田 昭一郎

 福島第1原発事故の避難者から内戦に苦しむシリア難民まで、時の政治・社会情勢の下、国内外の各地で被害に遭ったり、抑圧されたりしながら未来に希望をつなぐ人々の声を記録したドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」が全国公開されている。元NHKキャスターでジャーナリストの堀潤さんが監督を務めた。

 福島第1原発事故、そしてシリアで内戦が始まってから今春で10年目に入った。堀監督は「この10年で、国内外のいろいろな地域や問題で『分断』の深まりを感じる。そこには疑心暗鬼が生まれ、人々はイメージに翻弄(ほんろう)され、やがては差別や排斥につながる。映画では国家や『われわれ』などという大きな主語ではなく、(分断される側の)一人一人の小さな主語である現場の声を拾い上げたかった」と話す

「なんで、こんななのかな」

 映画の中心人物として登場するのが、ともに同原発事故の避難者で、国と東京電力を相手に損害賠償を求めて一審で勝訴し現在控訴審を闘う集団訴訟「『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟」(通称・生業訴訟)の原告である2人の女性だ。

 一人は、茨城県水戸市から沖縄県に母子避難した久保田美奈穂さん。夫の尿からセシウムが検出されたことから、被ばくによる子どもの健康への影響を心配し、夫を残して原発のない沖縄への移住に踏み切った。放射線被ばくを気にしすぎだという夫と考えが合わず離婚に至る。

 生業訴訟への支援を訴えて歩く中で、米軍基地反対運動をする人たちと出会う。沖縄の自然を大事に思い、子や孫に残したいと闘い続ける普通の人たちだった。イデオロギー先行の運動家だろうという先入観が消えた。

 普天間飛行場移設へ国の埋め立て工事が進む名護市辺野古で、座り込みに加わった。集団自決の生き残りの高齢女性から「大変な思いをしてこっちに来たのに巻き込んでごめんね」と言われ、逆に沖縄のことを何も知らなかった自分の心が痛かった。

 座り込み中に機動隊員から抱きかかえられ強制排除される。「日本はよい国」という理解が揺らぐ。生業訴訟や補償交渉の場で、被害者の声を聞かず、見もしない国や東京電力側の人たちのありようが残念でならない。

 「なんでこんななのかな」。素直な感性はさまざまな分断のかたちを浮かび上がらせ、問いかける。

「誰もみんな、黙っていたらだめなんで」

 もう一人は避難指示が出た福島県富岡町から避難し、10カ所ほどを転々とし、今は同県郡山市の復興住宅で暮らす元美容師の深谷敬子さん。賠償金を巡る「ええべ、避難者は」「税金なんだからな」などと言う人々のねたみ、そねみの言動に傷ついてきた。悲しい住民分断は、原発事故の責任者で本来批判すべき対象を見えなくする。「避難者には安住の地はないのかな、と…」

 「失ったものが多すぎて、どうしても納得いかないんで」。深谷さんは、生業訴訟への思いを語る。「被害者、誰もみんな、黙ってたんでは駄目なんで」

 堀監督はやわらかく包み込むような取材で、ひとしずく、ひとしずく、声をくみ取っていく。

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