平野啓一郎 「本心」 連載第204回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 しかし、それがどういう帰結をもたらし、今に至ったかを振り返るならば、このクリスマス・イヴこそが分岐点だった。尤(もっと)も、僕は星座の結び方も知らないまま、ただ星空に圧倒されている人のように、幾つかの出来事を個別に印象に留(とど)めながら、それらの関連と意味とを理解し得ずに、一夜を過ごすこととなるのだったが。

 それは、僕だけでなく、三好も同じはずだった。――いや、イフィーでさえ。……

  三好は結局、紺色の、肩から背中にかけてレースがあしらわれたパンツ・ドレスをレンタルし、僕はこの機会に、茶色いタートルネックのセーターと、それに合わせたグレーのパンツを買った。

 僕たちは、それぞれに自室で着替え、リヴィングで互いの装いをしげしげと見つめて笑った。何もかもがチグハグでおかしかった。二人の趣味も、そんなヨソ行きの格好をしているのも、今いるのが僕の自宅であることも、何もかもが。――

 さすがに手土産くらいはと、イフィーに必要なものを尋ねたが、

「手ぶらで来てください! 僕の招待ですので。」

 と言うばかりだった。

 何人くらい来るのかを尋ねると、

「いや、全然、こぢんまりした感じです。でも、賑(にぎ)やかにしたいですね!」

 という答えだった。

 三好は、何が何でも今日だけは有休を取ると画策していて、もしダメなら、旅館の仕事を辞めるとまで言っていたが、受け容(い)れられたらしかった。

 二人で電車に乗り、帰宅ラッシュを尻目に都心に向かうと、六本木で予約していた花を受け取った。

 クリスマス・プレゼントとして、イフィーが僕たちから貰(もら)って喜ぶようなものは何も思いつかなかったが、僕は、コーヒーをよく飲む彼のために、有田焼のカップを買った。モダンなデザインで、釉薬(ゆうやく)を使っていないらしく、白い艶のない素地に、コバルトブルーの呉須(ごす)で描いた雉(きじ)の絵が上品だった。

 三好は、黒いニット帽を選んでいた。イフィーはまったく外出しないので、帽子はどうかと僕は首を捻(ひね)った。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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