男性から女性へ…50歳目前の部長、社内に決意の一斉メール

西日本新聞 くらし面 新西 ましほ

 50歳を目前に、男性から女性へ-。東京の広告代理店で総務部長をしていた岡部鈴(りん)さん(56)=長崎市出身=は8年前、女性として生きることを決意し、社内一斉メールでカミングアウトした。現在は経営企画部長として会社のかじ取り役を担う一方で、執筆や講演活動を通じLGBT(性的少数者)に関する情報を発信。「見えないだけで身近に当事者はいると知ってほしい」と呼び掛ける。

 「このままおっさんとして死にたくない。残りの人生を自分らしく生きたい」。岡部さんがそんな思いで全社員180人へ向けたメールを送信したのは、2012年の秋のことだ。

 子どもの頃は歌手の山口百恵さんに憧れ「あんなふうになりたい」と願っていた。思春期にすね毛が生えてきたときは、絶望してそったが、そのうち声変わりも始まって女の子にはなれないんだと諦めた。社会人になり、結婚して家庭も持った。

 転機は47歳のとき。知人に誘われ通うようになったゲイバーのイベントで女装したことがきっかけだった。「ひょっとしたら、女性になれるかもしれない」。心の奥底に閉じ込めていた思いがせきを切ったようにあふれた。

 女性用の服を買い、深夜に自室にこもってメークの練習をした。SNSなどを通じて仲間を見つけ、オフ会に足を運んだ。髪を少しずつ伸ばし、女性ホルモンの摂取も始めた。

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 そんな中、見た目の変化が社内でうわさになっていると知った。社員の困り事を受け止める総務部長として、正直に伝えたいと思った。折しも親会社はLGBTへの理解を深める活動を始めていた。それでも異動を命じられたり、同僚や取引先から白い目で見られたりするリスクはある。悩んだ末にメールを送った。

 同僚からは激励メールが何通も届き、社長は「人生一度きりだし望むようにさせてやれ」と役員に指示したと聞いた。一方、女性になりたいという思いは家族にも伝えてきたが、理解を得るのは難しかった。「望みを押しつけるのは精神的DVだ」という友人の言葉が胸に突き刺さった。

 「家族との生活は守りたいが、社会で女性として生きることは諦めたくない」。翌日から、男性として家を出発し、近所のトランクルームで着替えて化粧を済ませ、女性として出社する日々をスタートさせた。きょうだいや友人にもカミングアウトし、性別適合手術も受けた。

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 生まれたときに決められた性別の枠を超えて生きる「トランスジェンダー」は、働く上で苦労が多い。履歴書の性別欄の記入から悩み、望む性別で働けない人も少なくない。周りにロールモデルはほとんどなく、孤独だ。自身の存在を可視化することが与えられた役割かもしれないと、18年に体験をまとめた著書を発表するなどしてきた。

 通りすがりの人から心ない言葉をかけられ、泣き明かした夜もある。そんなとき、気付いたのはあらゆる差別や偏見の根っこは同じということだ。「完全な多数派側の人間なんていなくて、別の切り口で見たら誰しもが何かの少数派。まずは相手を尊重することから始めてみませんか」 (新西ましほ)

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