令和「発表1年」余滴 塩田芳久

西日本新聞 オピニオン面 塩田 芳久

 1年前の4月1日、新元号が令和と発表された。相次ぐ自然災害や新型コロナウイルスで遠い出来事のようだが、まだ1年である。発表直後の「大騒ぎ」で見えなかったこと、浮かばなかった疑問がいくつもあると今にして思う。

 まず出典の話題。令和の典拠となったのは「万葉集」巻五の「梅花歌三十二首」の序だった。初の国書(日本古典)からの採用とされたが、序の構成は漢籍(中国古典)の影響を受けているとの声が上がり、「国書か漢籍か」の論議が中国も巻き込んで起きた。

 論争の中身はともかく、序と漢籍の関係が今回初めて分かったような物言いをする研究者が少なからずいたことに疑問を抱いた。序と漢籍の関係は江戸期の学者・契沖が17世紀末に注釈書「万葉代匠記」で指摘したのをはじめ、先人たちが連綿と研究してきたことだ。それが議論では無視されたように映る。見方を変えると万葉集研究史は、まだまだ研究の余地があるテーマだということか。

 「万葉集」の古典籍の公開も各地であった。今振り返ると、展示されたのは大半が江戸期の版本だった。もっと古く貴重な「万葉集」は存在するが、数多く出版された江戸期の版本は手近にあったのだろう。新元号の発表があったからこそニュースとなった展示といえよう。

 「万葉集」はベストセラーになった。書店から「梅花歌」序を収録した巻が消え、出版各社が増刷に追われた。ネット通販大手「アマゾン」のサイトでも万葉集関連の複数の書籍が売れ筋ランキングの上位に顔を出した。さすがに今では熱は冷めたようだが。

 ところで「万葉集」を買い求めた人たちは実際に読んだのだろうか。万葉学者の上野誠・奈良大教授=福岡県出身=に尋ねると、「源氏物語全54帖をすべて読もうとしても、12帖の須磨あたりで断念する人が多いため『須磨がえり』という言葉が生まれました。いつの時代も古典を読み通せる人は、そうはいません」と笑う。「ただ、新元号を機に万葉集に興味、関心を持ってくれる人が増えたのはありがたい限りです」

 令和の発表から1年がたち、元号選定の過程や経緯、ほかの候補などが報道されるようになった。だが、まだ分からないことは山ほどある。なぜ政府関係者は「万葉集」にこだわったのか。詠んだ月が特定される「梅花歌」序に着目した理由は何なのか。今後も元号は国書から選ぶのか-。現在進行中の「大騒ぎ」が終われば、きちんと向き合うべき疑問だと考える。 (くらし文化部編集委員)

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