平野啓一郎 「本心」 連載第205回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

「あったら、きっと外出するようになると思う! 髪がボサボサの時でも、被(かぶ)れば楽だし。車椅子だから、寝ぐせ直すために、お風呂で髪濡(ぬ)らしたりするのも大変でしょう?」

 僕は、三好のその考えに感心した。

 イリュミネーションが街路樹に煌(きら)めくけやき坂は、手を繋(つな)いで歩くカップルたちで賑(にぎ)わっていた。思ったほど寒くなく、暖房が効きすぎていたビルの中にいたので、マフラーをしない方が、少し汗ばんだ首回りが気持ち良かった。

 通りの所々に小型のスピーカーが設置されているようで、クリスマス・ソングが遠ざかったと思うと、途切れなくまた近づいてきた。

 三好とこんな場所を、こんな時間に歩くのも初めてで、僕は、「わぁー、きれいね!」と、LEDの明滅にカメラを向ける彼女の横顔を盗み見た。白い歯と、大きな眸(ひとみ)が、光を灯(とも)して艶(つや)やかだった。「わたし、きれい?」と、整形手術に触れながら、僕に尋ねた、あの日の居酒屋の彼女の表情を思い出した。彼女の顔かたちは、何も変わらない。けれども、僕は今の方が、もっと「きれい」だと感じた。

 こういう時に、三好は、こういう喜び方をするのか、というのを、僕は初めて知り、それが何となく嬉(うれ)しかった。

 六本木通りまで歩いて出ると、反対車線が騒然としていて、僕たちは顔を見合わせた。国会議事堂の方に向かってゆく、長いデモの行列だった。

「何ですか、あれ?」

「あー、格差是正を求めるデモみたい。ニュースでやってた。今日と明日、世界中でやるんだって。」

「そうなんですか。……クリスマスに?」

 六本木駅に向かいながら、僕は通りの反対側から、その様子を眺めていた。参加者たちの鼓動と血管で繋がっているような太鼓の地響きがしていた。車は、警笛で警官に整理されながら、その傍らをスピードを落として通り過ぎていく。ブレーキのテイル・ランプの赤い色が、夜の道路に無数に灯っている。

 「私たちも生きたい!」という、プラカードの大きな黒い文字が目に入った。

 参加者は、中高年者が多かったが、若い人たちのグループもいて、外国人労働者の姿も少なくなかった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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