男と女のどうしようもなさ、描けたのでは 映画「劇場」の行定勲監督

西日本新聞 根井 輝雄

 芥川賞作家の又吉直樹さんの小説を原作にした映画「劇場」が完成しました(公開時期はホームページで)。東京・下北沢を舞台に、演劇の世界で夢を追う永田(山崎賢人)と、彼を支える沙希(松岡茉優)の物語。映画化を手掛けた行定勲監督(51)=熊本市出身=に、映画と演劇、小説への思いを聞きました。

 -原作を読んだ印象は。

 ★行定 又吉さんの半生を投影し、ものをつくる人間の避けられない性がふんだんに描かれていました。小説は行間でできていて、書いていないことを想像させるのが力量ですが、又吉さんはそれがうまい。題名の「劇場」にも意味があります。

 -主人公の永田は、劇団の脚本や演出を担いましたが、公演は不評で、定職にも就かずに沙希の下宿に転がり込みます。

 ★行定 永田は、世の中から見ると最低の人間でどうしようもない。だけど彼の行動原理や、思っていることと、やるせなさは全部分かる。原作を読んで身につまされました。人の愚かさ、作り手の愚かさを、この映画で描けるのでは、と思いました。

 -監督自身とも重なりますか。

 ★行定 僕はいいかげんで、映画をつくる仕事なら何でもよく、たまたま映画監督になった。永田のように表現者として0か1か、とはちょっと違う。ただ監督として映画人の自我が生まれた頃は永田と似ていた。いらだちを感じていましたね。批評とか、客が入る入らないとか。そのいらだちが全部「劇場」にありました。

 -永田を演じた山崎賢人さんについては。

 ★行定 永田は悪人ではなく、かわいらしさもあるんだけど、肯定できない憎たらしさもある。そのねじれ具合をうまく演じて、男の色気を見せてくれました。これまでひげを生やしたことがなく、今回、ひげを濃くするためカミソリで何回もそって、いい感じになりましたね。

 -沙希役の松岡茉優さんの演技はどうでしたか。

 ★行定 少しずつ壊れていく女性なので、複雑な演技力が必要でしたが、松岡は見事だった。前半の沙希は天然ですが、松岡なりの“あざとさ”を乗せてきた。やりすぎだろうと思って、抑えた演技のカットも撮ったんだけど、順番に撮影していくと、最初に松岡がやったことが正解でした。編集では松岡が狙った部分を使いました。山崎と松岡のどちらが欠けてもこの映画にならなかった。

 -監督は演劇も手掛けていますが、その経験が生きていますか。

 ★行定 ええ。演劇は自由ですね。もっと何かできないか、劇空間から飛び出せないか、って考えます。亡くなった蜷川幸雄さんと対談したとき、蜷川さんは「好きな場所にカメラ持って行けて、映画って自由だね」って言うんです。僕が反論すると「舞台は窮屈だよ。だから俺は必死なんだ」って。でも僕は「ロケは嫌い。太陽が昇る間しか昼のシーンを撮れない」って言い合ったことがある。それだけ演劇人と映画人で「自由」の意味が違う。映画は常にリアルを求められる。海のシーンは海を撮らなきゃいけない。福岡だったら福岡と分かる場所を探す。だから映画は窮屈だと。

 -ただ、今回の映画はリアルに作り込まれています。

 ★行定 そこは徹底しました。においや空気が感じられるように。永田と沙希が暮らす6畳一間は、下北沢のロケ地にあったのと全く同じセットをスタジオにも作り、外も全部再現しました。

 -完成したときの手応えは。

 ★行定 この映画は感動ものとは遠いし、だからいいと思った。でも完成したらなぜか泣けるんです。スタッフも試写で嗚咽(おえつ)する。作った本人も分からない。でも考えたら、男と女のどうしようもなさ、2人が向き合って互いにすれ違う話なので、みんな思い当たることがある。普遍的なところを描けたのでは、と思います。

 -熊本地震から4年。「くまもと復興映画祭」のディレクターを続けています。

 ★行定 今年は新型コロナウイルスの影響で延期しましたが、元気を届けるために毎年開催し、まだまだ続けていくべきだと思います。先日、南阿蘇を回ったんですけど、住民が3割しか戻っていない集落もある。道路が完成していないとか。それを熊本は元気に乗り越えていく、という姿を見せていきたい。映画祭で、人に映画を見てもらうありがたさを改めて感じているので、多くの方に見に来てほしいと願っています。(文と写真・根井輝雄)

 ▼ゆきさだ・いさお 1968年、熊本市生まれ。2000年に「ひまわり」で劇場公開デビュー。「GO」(01年)で日本アカデミー賞最優秀監督賞。主な監督作品は「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)、「パレード」(10年)、熊本を舞台にした「うつくしいひと」(16年)など。舞台演出も手掛ける。

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