平野啓一郎 「本心」 連載第206回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 ふと、僕は今、どこにいるのだろう、と自問した。通りの反対側から見れば、僕たち二人は、まさに「あっちの世界」の人間に見えるのではあるまいか? 実際、僕たちはこれから、「あっちの世界」の人たちと一緒に、東京を見下ろす豪邸で夜を過ごすことになっていた。

 本当は、明らかに、あのデモの群れの中にこそいる二人であるにも拘(かかわ)らず。……

 イフィーのマンションに到着した三好は、僕が最初、そうだったように、ただ言葉もなく、ぽかんと口を半開きにしていた。例の石壁のような巨大なドアを二つ潜(くぐ)ってエレベーターに乗り込むと、ようやく、

「なんか、スゴいね。……わたし、やばい、なんか、緊張してきたかも。――やっぱり、場違いじゃない?」

 と、気後れしたように僕を見た。

「うん、……でも、イフィーさんは親切だから、多分、大丈夫です。」

 最上階に着き、玄関で呼び鈴を鳴らすと、室内からは既に音楽が聞こえてきていた。

 「どうぞ!」と声をかけられて、僕は普段通り、ドアを開けた。イフィーは三好を一目見て、驚いた顔をした。

「こちら、ルームシェアをしている三好彩花さんです。」

「初めまして。今日は、わたしまでご招待いただいて、ありがとうございます。」

「ああ、……初めまして。〈あの時、もし跳べたなら〉の中の人です。朔也(さくや)さんのルームメイトだって聞いてたんで、てっきり、男性だと思ってました!」

「え、朔也君、言ってなかったの?」

「……言ってなかったかもしれません、そう言えば。」

 三好は、戸惑った様子で、イフィーの表情を窺(うかが)った。イフィーは、すぐに笑顔になって、

「もちろん、大歓迎です! どうぞ!」

 と笑顔で手を差し伸べた。三好は躊躇(ためら)う風もなく握手に応じたが、僕は彼女が、そんな風に男性の体に触れるのを初めて見た。

 リヴィングは、広い吹き抜けの空間に間接照明がやわらかく膨らみ、その下の僕たちの顔は、うっすらと暗がりに覆われていた。

 テーブルや棚など、方々に小さなランプやキャンドルが置かれていて、そのどれかから、どことなく冷ややかな薔薇(ばら)の香りが漂っていた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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