平野啓一郎 「本心」 連載第208回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 食事は、イタリア料理のコースで、ブッラータという、舌の上でとろけるようなフレッシュ・チーズに生ハムとトマトを添えたサラダ、ヤリイカのスパイシーなフライ、からすみのパスタ、メインは、ローズマリーの風味が効いた、大きなロースト・チキンだった。

 レストランのように、一皿ずつ食事が運ばれてきて、僕たちはシェフの説明に耳を傾けた。

「わたし、こんな素敵(すてき)なクリスマス・イヴ、生まれて初めて。」

 三好はフォークとナイフを手に持ったまま言った。僕も同じだった。

 イフィーが次々にボトルを開けるので、僕たちは結局、シャンパンを二本と赤ワインを一本半も空けてしまった。いつになく飲んだが、特別に良いものだからだろう、酔いは、遠浅の浜辺に穏やかに打ち寄せる潮のようで、トイレに立っても、急に深みに足が填(は)まってしまうようなことはなかった。そして、戻ってくると、三好はイフィーと顔を寄せ合って、しきりに話し込んでいた。

 最初こそ、彼女も緊張していたが、元々、明るい性格なので、すぐに打ち解けて、いつの間にか、敬語を使うのも止(や)めていた。顔は赤く染まっていて、笑みが絶えなかった。

 僕は、自分を介さずに二人が直接、会話を楽しんでいることに喜びを感じた。イフィーのファンだった三好の感激は当然だったが、実際に会って失望することなく、寧(むし)ろますます魅了され、興奮している様子が伝わってきた。彼女の態度は自然で、卑屈なところやぎこちないところがなかった。人嫌いのイフィーが、三好をどう感じるかは少し心配だったが、その笑顔は本心からのものと感じられた。

 二人がそれぞれに僕の友人で、彼らがまた友人同士になろうとしていることが、僕は誇らしかった。

「イフィーじゃなくて、アイファイって呼ぶ人もいるよね?」

「外国人は、イフィーって言うと、『微妙』っていう意味のiffyを思い出すみたいです。僕はそこが面白いんですけど。」

 イフィーは、彼女が年上であり、また僕の同居人であるということを恐らくは深読みし、敬意を払って敬語を崩さなかった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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