平野啓一郎 「本心」 連載第209回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

「そうなんだ? 『微妙』って、微妙ね。あー、それにしても、わたし、イフィーの家に招待されてるんだー。ホントに現実なの? 朔也(さくや)君が連れてきてくれた仮想現実? きっと、おしゃれな人がたくさん来ると思って、わたし、このドレス、わざわざレンタルしてきたのよ。」

「えぇ、そうなんですか? 普段着で十分だって、ちゃんとお伝えすれば良かったですね。僕だって、こんなパーカーだし。――朔也さんも、その服……?」

「僕は、このセーターを買いました。」

「そうですか! とても似合ってます、それ。」

「ありがとうございます。――普段から、もう少しきれいな服を着てくるようにします。」

「いえ、全然、今まで通りで大丈夫ですよ。」

「朔也君って、イフィーにすごく信頼されてるのね。……いや、朔也君は、間違いなく好人物だから! 同居人のわたしが保証します。イフィー、雇って正解。」

 僕は、三好が思った以上に酔っていることに、この時、初めて気がついた。それとも、急に酒が回ったのだろうか。言葉が、子供がトランポリンで遊んでいるように跳ねていて、時々、転んでしまいそうになったが、それでも――寧(むし)ろ、それこそが――楽しそうだった。

 三好は、これまで見たことがないほどに上機嫌で、僕は嬉(うれ)しかったが、ワインを飲みながら、ぼんやりと彼女の境遇のことを思うと、少し胸が苦しくなるほどだった。

「朔也さんは、僕の憧れの人なんです。自分に、こんな兄がいたら、どんなに良かっただろうって思うんです。車椅子生活になって、人から面倒くさがられたりとか、嫌な目にも遭ったけど、こんな兄がいたら、その度に、いつも僕の前に立って、庇(かば)ってくれたんじゃないかとか、……はは、勝手に想像が膨らんじゃうんです。だって、こんなにきれいな眼(め)をした人に、僕は会ったことがないんです! 僕は、いつも人間の眼を見るんです。こういう体だから、相手の本心を見抜けないと、生きていけないんです。だから、僕のデザインするアバターは、眼なんです。とにかく、眼。服とかそういうのは、幾(いく)らでもどうにでもなるんです。みんな、それを理解してないんですけど。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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