犯罪者の心に巣食う闇の正体は?精神鑑定医の奮闘を描く本格医療ミステリー

西日本新聞

 ニーチェの有名な格言に「怪物と戦う者は、自ら怪物にならぬよう用心せよ。あなたが深淵(しんえん)を覗(のぞ)いている時、深淵もまたあなたを覗き込んでいるのだ」というものがある。本書『十字架のカルテ』を読んでいると、度々その言葉を思い出す。

 本書は犯罪行為をした精神疾患患者(触法精神障害者)を対象に精神鑑定を行う精神科医を描いた医療ミステリーだ。主人公は9年前、触法精神障害者に親友を惨殺された新人精神科医・弓削凛と、その上司にして精神鑑定の第一人者・影山司。二人は重度の統合失調症と診断された無差別殺傷事件の若者や、うつに苦しみ生後五ヶ月の娘を殺した母親、同僚を自宅で刺殺した多重人格の女性など、さまざまな犯罪者と対峙(たいじ)していく。闇を覗き、真実を解き明かす過程で生まれる精神科医vs犯人たちの緊張をはらんだ心理合戦が見どころだ。

 触法精神障害者による犯罪がテーマになる場合、犯人はまるで理解しがたい異常者のように描かれることも少なくない。しかし、影山は「精神症状の原因は脳の神経伝達の異常にあり」「精神疾患の患者たちは病に苦しめられている救うべき病人」で、「精神疾患に対して無知な人々にとっては、精神疾患患者がそばに存在しているということは怪物とともに生活しているようなプレッシャーになる。患者からすれば、自分たち健常者こそが怪物に見えていることも知らずに」と語る。統合失調症を例に挙げれば、その生涯有病率は約1%。100人に一人弱が発病する、「ある意味ありふれた疾患」だというのだ。決して対岸の火事でも、昏(くら)く底の見えない、理解不能な化け物でもない。

 だからこそ、二人の精神科医は真摯に見極めなくてはならない。犯罪を引き起こしたのは治療を必要とする精神の病か、それともいびつな心の闇か。精神鑑定の結果は裁判の行方を大きく左右する。刑法上、心神喪失状態の者は罪に問えないからだ。「罪を犯したという十字架は、誰が背負うべきなのか」という問いが劇中で繰り返される度、『十字架のカルテ』というタイトルが、読者にはより一層重く響くに違いない。

 

出版社:小学館
書名:十字架のカルテ
著者名:知念実希人
定価(税込):1,540円
税別価格:1,400円
リンク先:https://www.shogakukan.co.jp/books/09386572

西日本新聞 読書案内編集部

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