「感謝離」とは、止まった時間を再び動かすための最初の一歩

西日本新聞

 昭和4年生まれの著者は現在90歳。銀行員となった昭和25年に赴任先の久留米支店で運命の女性と出会い、昭和31年に結婚。それ以来お互いにベターハーフとして、奥様が亡くなる平成31年3月までの62年間を共に生きた。そして令和に元号が変わった5月、偶然が重なり初めて投稿した文章が、朝日新聞の「男のひといき」というコーナーに掲載される。

 それは、妻を亡くした喪失感いっぱいの中で始めた辛い遺品整理が、いつしか物への感謝に変わり、さらには天国で新しい物をふたりで買いに行こうと思えるくらいにまで前向きな気持ちになれたことを綴った短いエッセイ。その切なくも温かいストレートな文章が反響を呼び、広く注目されたことがきっかけで生まれたのが本書だ。

 著者は故・向田邦子と同い年で長年のファン。そして定年後の趣味として木村治美氏のエッセイ教室に20年以上通っていたとのこと。「感謝離」「代謝離」という言葉を生み出した達者なエッセイは、まるで何かに導かれるように、書かれるべくして書かれたものだと言えるのかもしれない。そしてそこから波及した本書の出版へと続く出会いの数々は、著者自らが奥様に糸を引かれたと感じたように、失意の中から前に進む力を与えてくれたに違いない。

 本書で描かれているのは、全てが愛だ。もちろん仕事や病気の苦悩など、山あり谷ありの長い結婚生活。しかし夫婦間にあるのは一点の曇りもなく奇跡のような愛の日々のみ。振り返ればお互いを思いやった気持ちと感謝だけが残るのか、それとも本当に赤い糸で結ばれた特別に幸せな夫婦だったのかはわからない。ただ、グランドピアノをねだり家計のやりくりや掃除が苦手だという奥様のエピソードからも、愛情しか伝わってこないのだ。だからこそ、そこにお互いの揺るぎない信頼関係と、著者の深い男気を感じるのは筆者だけではないだろう。 

 これはまさに、昭和から平成を駆け抜け令和へ、そしてきっと永遠に続くであろう真のラブストーリーだ。感謝を込めて遺品を手放し、そのことによって湧き上がった想いにより、愛する人と一緒の時間が再び動き出したのである。

 できれば、大好きな人との別れに打ちのめされて身動きができず立ち止まっている人に、ぜひ手に取ってほしい一冊だ。

 

出版社:双葉社
書名:感謝離 ずっと一緒に
著者名:河崎啓一
定価(税込):1,430円
税別価格:1,300円
リンク先:https://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookfind/index.html?mode=t&word=%E6%84%9F%E8%AC%9D%E9%9B%A2&type=w

西日本新聞 読書案内編集部

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