平野啓一郎 「本心」 連載第210回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

「そっかあ。……でも、そうかも、イフィーのアバター! だけど、イフィーも目が本当にキラキラ輝いてる! ね、朔也(さくや)君?」

「そう思います、本当に。イフィーさんこそ、目がきれいです。最初に会った時から感じてました。」

「僕は、……お二人より若いから、ナイーヴに見えるかもしれないけど、屈折があるんです。〈あの時、もし跳べたなら〉なんて名前、つけてるくらいだから。」

 

 デザートにティラミスと、ピーチ風味のグラニータというシャーベット、更(さら)にコーヒーに添えられたアマレッティという小菓子まで時間をかけて食べると、僕の胃袋は、はち切れそうになった。途中から、満腹を感じていたが、美味(おい)しくて止められなかった。シェフは、無名時代からイフィーが才能に惚(ほ)れ込んで投資し、育ててきた人らしく、今は都内で二店舗を構えているという。クリスマス・イヴという特別な日に、出張して料理を作ってくれたのはそのためで、僕と三好に、「今度是非(ぜひ)、お店にもいらしてください!」と名刺をくれた。

 「あっちの世界」には、こういう生活があったのだなと、僕は、素朴な驚きを覚えた。そして、イフィーが本当のところ、どうして僕をこんなに気に入ってくれているのかと、幾(いく)らか不安な気持ちで、考えてみざるを得なかった。

 先ほどの言葉は、多少の誇張はあっても、恐らく相当程度、本心なのだろう。しかし、実体が見合っていないことは明らかだった。それは、その期待に応えようとしている僕こそが、誰よりも知っている。

 イフィーが僕を、人に一切紹介しないのも、心のどこかで、「なんでこんな人を?」と訝(いぶか)られるのを、警戒しているのではあるまいか。……

 僕は、母が生きていたら、一緒に連れてきたかったと、心底思った。どんなに喜んだだろう? 贅沢(ぜいたく)な家に招かれ、美味しい食事をすることが出来たという、そのことばかりではない。僕の人生が、こうして好転しつつあることを。――

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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