胃ろうにする、その意味は 連載・霹靂の日々【20】大島一樹

西日本新聞 くらし面

 9月にもう一つ大きな出来事がありました。主治医から、オクサンに「胃ろう」の手術を勧められ、受けることになったのです。

 それまではずっと、鼻から胃まで入れたチューブを通して流動食を注入していました。チューブは数週間ごとに取り換えなければならず、本人の負担も考えて、との説明でした。

 いろんな情報に触れた今は、チューブの管理の難しさ、くも膜下出血による飲み込みにくさ(嚥下障害)、それに伴う誤嚥(ごえん)性肺炎のリスク、介助や介護のしやすさ-などが主な理由だと分かりますが、当時は「オクサンの負担が少しでも減るのなら仕方ない」と安易に考えていました。

 救命救急センターに入院していたときから、感染が原因ではなく脳機能障害の影響で発熱していたことも懸念されたのかもしれません。由布院に移ってからも、少し下がってきたとはいえ38度台の発熱も珍しくない状態でしたし。

 医学的には胃ろうの必要性は理解できますが、後に転院した慢性期病院の主治医から「胃ろうは基本的に外せません」と説明され、ショックでした。安易な一つの選択によって、未来が決まってしまうんだと思い知らされました。

 手術は由布院ではなく、月末に2泊3日で大分市内の病院に移動して受けることに。「また手術ね。治っていきよっと?」。長男からの質問に、いまひとつちゃんと答えられませんでした。 (音楽プロデューサー、佐賀県みやき町)

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