中村哲さんの五右衛門風呂活用へ 登山帰り入浴、古賀市で釜見つかる

西日本新聞 ふくおか版 今井 知可子

 アフガニスタンで凶弾に倒れた故中村哲医師がかつて暮らした福岡県古賀市で、登山の帰りに中村さんが入浴した五右衛門風呂の釜を住民グループが保管している。子どもたちの郷土教育への活用を計画。「哲少年を育てた地」として古賀の自然の魅力を伝え、子どもたちの誇りにしてもらいたい考えだ。

 中村さんは小学1年で古賀市(当時は古賀町)に転入。中村さんが書き残した文章によると、20代後半まで住んでいたという。卒業した古賀西小は古賀海岸が近く、砂浜での「浜の運動会」が中村さんの在学時も行われていた。

 少年時代には、古賀海岸から西山(644メートル)を望み、「あの山に登りたい」と話した。地域の大人が西山に連れて行ったのが、中村さんと登山との出合いだったという。西山ではチョウ採集に熱中した。医師になっても登山を続け、やがてパキスタン、アフガニスタンの山岳地帯へと向かった。

 国際NGO「ペシャワール会」での海外活動が長くなっても、帰国した際に時折、西山に登ったという。1998年10月に会の仲間と登った帰り、住民が渓流沿いの山小屋そばで五右衛門風呂を沸かした。当時、古賀町職員だった加藤潤二さん(69)が「湯加減はいかがですか」と話し掛けると、中村さんは「ちょうどいい」と笑顔を浮かべたという。

 古賀市の住民グループ「薦野の歴史をつなぐ会」(水上武美会長)は加藤さんに話を聞き、3月下旬、山小屋周辺を探したところ、五右衛門風呂を発見。渓流沿いは桜が見頃を迎え、住民たちは「哲さんにこの景色を見せたかった」と感慨深げだった。加藤さんは「哲さんは湯につかりながら『古里はいい』とつぶやいた」と当時の様子を振り返った。

 会は釜を洗って保管。子どもたちを対象に、西山登山やチョウ採集など中村さんの少年時代を追体験し、業績を振り返るイベントなどを検討している。 (今井知可子)

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