平野啓一郎 「本心」 連載第211回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 不意に、僕の脳裡(のうり)を、先ほどのデモの光景が掠(かす)めた。彼らは今、寒空の下で、肩を寄せ合いながら、ここから脱出したいと、必死に声を上げているのだった。古紙回収をしていた時、僕は正しく彼らと同じ場所にいて、しかも格差是正というのではなく、とにかくただ、「あっちの世界」に行きたいと痛切に願っていたのだったが。

 イフィーが感激し、多くの人が“投げ銭”を送ったあの僕は、本当は今、国会議事堂前にいるべきなのではないだろうか? かつて、あの少女のために、職員室前に坐りこんでいた僕は、今もデモの群衆の隅の方で、膝を抱えて地面に坐りこんでいるのでは?

 岸谷の裁判は、もう始まっているのだろうか? 僕は、ずっとそのことを気に懸けていて、この一月ほどは、完全にそれを忘れていた。彼は今、拘置所で何を考えているのだろう? 三好ではなく、彼をここに連れて来て、イフィーに紹介することは出来ただろうか? そう考えて、やはりそれは難しかったのではないか、という感じがした。悲しいことに。……

 

 僕と三好は、イフィーにプレゼントを渡した。彼は、意外だったように喜び、早速、三好の黒いニット帽を被(かぶ)り、僕のカップで、おかわりのコーヒーを飲んだ。

「素敵(すてき)なカップですね! 見たことないです、こんなの。シンプルで、上品で、カッコよくて。どこで買ったんですか?」

「ネットで色々探してて、見つけたんです。そんなに有名な窯じゃないみたいですけど。」

「へぇー、うれしいなあ! この人に、コンタクト、取ってみようかな? 僕のアバターのグッズ、この技法で作ってもらいたいな。」

 三好は身を乗り出して、

「絶対、いいと思う、それ! スゴいね、朔也(さくや)君の担当企画にしたら?」

 と僕を見て、確認を求めるようにイフィーに言った。イフィーは、「いいですね。」と頷(うなず)いた。

 シェフとバンドを帰した後、僕たちはイフィーに二階に案内された。僕でさえ、これまで一度も通されたことがなかったので、少し驚いた。

 イフィーは、二人乗りのエレベーターで、僕と三好とは螺旋階段(らせんかいだん)だった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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