「デモの国」喧噪と誇り 記者ノート

西日本新聞 国際面 池田 郷

韓国葛藤 光州事件40年(5)

 「シュッ」という音を立てて、火炎瓶が耳の横をかすめていったという。「あの音が耳から離れない。頭を直撃していたら命はなかった」。韓国の文在寅(ムンジェイン)政権の知恵袋として政策を提言している大学教授(58)から昨春、民主化運動当時の体験を聞いた。

 1987年に軍事独裁の全斗煥(チョンドゥファン)政権が「民主化宣言」するまで、多くの仲間が当局に拘束され、過酷な拷問を受けた。ソウル大出身の友人は逮捕歴のせいで就職も結婚もできず、今も極貧生活にあえぐ。「かわいそうでならない」。そう語る教授の目は潤んでいた。民主化運動世代にとって、闘争の日々は遠い歴史の一こまではない。

 革新系の文政権の中核を担う世代には、運動を弾圧し続けた軍事独裁政権とその流れをくむ保守勢力への憎悪がある。「長期革新政権を築き、積弊保守は根絶やしにしなければいけない」。教授の激しい言葉に衝撃を覚えた。

 その衝撃が、韓国社会に今なお続く葛藤をもたらした「光州事件」を取材するきっかけとなった。

「現代史の悲劇」

 事件は80年5月、韓国南西部の光州市で起きた。民主化を求める学生や市民の蜂起を戒厳軍が武力で鎮圧。国家権力が自国民に銃を向けて多数の犠牲者を出す「現代史の悲劇」(文大統領)となった。

 当時の政権は事件を「暴動」と決めつけ、「北朝鮮の関与」を印象づけるなどして市民への無差別発砲を正当化。革新勢力が地盤とする光州市などの全羅道と、保守支持者が多い慶尚道の地域対立をあおった。

 民主化後も政権が保革で交代するたび、かつての大統領や周辺に捜査が及ぶ「政治報復」が続いた。「韓国では今も武器を持たない保革の内戦が続いている」。連載でも紹介したが、事件当時に負傷者らの治療に当たった元看護師(81)の言葉が、韓国社会の根深い葛藤を言い当てている。

勝ち取った民主化

 「大統領は退陣を」「〓国(チョグク)氏を守れ」。昨年10月、親族の不正疑惑が浮上した〓国法相(当時)の進退を巡り、保革が激しく対立した。

 双方の集会場を取材した。どちらもデモの迫力に圧倒される一方、老若男女が音楽に合わせて踊り、屋台の串焼きをほおばる姿が印象に残った。そこに保革の違いはなく、祭りのような熱気があった。

 元慰安婦や元徴用工を巡る日韓の歴史問題、在韓米軍の駐留経費負担問題、非正規公務員の待遇向上…。ソウル中心部では内政外交を問わず、さまざまな政治課題について頻繁にデモが行われている。何が彼らをデモへと駆り立てるのか。

 87年の民主化宣言は学生だけでなく、会社員や商店主、食堂の主人ら幅広い市民が街頭に出て声を上げ、軍事独裁政権を追い込んだ。韓国人の多くは国民の直接投票で大統領を選ぶこと、そして街頭で自由に声を上げることを「勝ち取った民主主義」として誇りにしている。

 ひるがえって、歴代最長政権が続く日本の民主主義は機能しているのか。「デモの国」の喧噪(けんそう)と混乱に日々戸惑いつつ、考えている。 (ソウル池田郷)

 =おわり

※〓は全て「十」の下に「田」、下に「日」

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