「退くも地獄、進むも地獄」劇場公演に存続の危機 支援なき自粛要請

 実施か、中止か。それが問題だ。新型コロナウイルス感染拡大で政府から公演自粛を求められた演劇や音楽の関係者は、まさに「ハムレット」。1カ月以上、究極の選択を迫られてきた。緊急事態宣言を出しても国は個別補償を否定する。会場で感染を広めたくはないが、延々と「仕事」を自粛しては生活が立ちゆかない。苦悩を抱えながら見えない出口を探している。

緊急時用に、利益を蓄えられない仕組み

 「長期戦に備えて一律の全面自粛ではなく、地域ごとの状況や個々の演奏会の性格を加味したガイドラインの策定が必要だ」。九州交響楽団(九響)の柴田耕志専務理事の指摘には実感がこもる。

 九響は2月末と3月の全8公演を中止した。損失は主催公演の入場料だけで1550万円に及ぶ。公益財団法人である九響の運営は収入と支出を均衡させる「収支相償」が義務付けられている。緊急時用に利益を蓄えることができず、先が見通せない自粛は楽団の存続に関わってくる。

 4月の公演再開を目指して、消毒用アルコールや検温器の手配を進めたが、感染拡大が収まらない状況に2公演の延期を決めた。無観客でのネット配信も検討したが、約70人の楽団員が集まることが「密集」に当たり、リスクがあるという指摘もあり見送った。

 ほかの団体も上演の可能性を探る。政府の専門家会議は感染状況に応じて地域を3区分し、イベントの自粛などの対応を段階的に示し、感染拡大の度合いが最も低い「未確認地域」では感染拡大のリスクが低い活動を認めている。

 「自粛要請」という言葉の曖昧さが現場を困惑させる。要請自体に強制力はなく、実施の最終判断は主催者に委ねられる。東京から兵庫県豊岡市に拠点を移した劇作家平田オリザさんが主宰する劇団「青年団」は新劇場のお披露目公演を、客席を定員の6割に減らすなどの予防策をとって上演。一方で、開催を批判されたり、公演の再開と中止を繰り返す団体が出るなど、各地で混乱も起きている。

有効な手だて打てたという手応えはない

 福岡市内の演劇の練習場などで九州や東京、大阪の劇団5団体が公演する舞台芸術祭「キビるフェス2020」(2月8~3月1日)は実施されたが、会期中に岐路に立たされた。

 各地で感染が広がり、会期中の2月20日には福岡市内で九州初の感染者が確認された。翌日、主催する福岡市文化芸術振興財団や福岡市と、出演団体らが協議。市は不特定多数が集まる主催イベントを当面1カ月原則中止か延期と決めていたが、同フェスは市の単独主催事業でなく明確な中止指示はなかった。

 実施して会場から感染者が出れば来年以降の継続は危ぶまれる。中止すれば参加劇団がかけた時間と費用が無駄になる。重たい二者択一の結論は「やる」。開催を望む参加劇団の意向を優先した。公演中に観客と接触する場面の演出を変えてもらい、繰り返しせきをする観客がいたら退席させられるように係員を配置するなどの対策を講じた。

 だが、同フェスを担当したNPO法人「アートマネージメントセンター福岡」の仁田野麻美さんには、有効な手だてを打てたという手応えはない。

 「もし時期が1週間後ろにずれていたらできなかったはず。やって良かったというより、やれて良かったという思いだ」

退くも地獄 進むも地獄だ

 社会のために主催団体が経済的なリスクを負うか。生活のために社会に感染リスクを負わせるのか。主催者に選択を迫るのは国だ。

 緊急事態宣言を巡る国会論戦で、安倍晋三首相は野党側の「自粛と損失補償はセット」という主張を否定。3月末の記者会見でも「損失を補填(ほてん)する形で、税金で補償するのは難しい」と語った。会見をテレビで見た舞台関係者は心情を吐露した。「演劇だって仕事。生活がかかっている。国は仕事はするな。でも収入のことは知らないと言う。補償してくれたら自分や家族、観客の健康を守ることに集中できるはずなのに」

 1990年頃から、全国津々浦々に公立文化施設が整備され、水道の蛇口をひねれば水が出るように、文化芸術を享受できる環境が整えられてきた。だが、今回の自粛要請で蛇口は閉まった状態だ。コロナ禍が収束した暁に蛇口をひねれば、以前のように水(文化芸術)は勢いよく出るのか。

 「前と同じように、とはいかないのではないか」

 1985年に旗揚げし、熊本市を拠点に活動する「劇団きらら」の池田美樹代表は危惧(きぐ)する。演劇の場合、稽古のために練習場を借り、チラシや案内状を印刷・郵送し、内容によっては大がかりなセットを発注する。まとまった額を初期投資し、上演して初めて入場料などの収入が得られる仕組みになっている分、中止の影響は大きい。

 「一度の公演中止で、今後数年はできないというところもある。小さい劇団は存続の危機に直結しかねない」

 収束のめどは立たない。複数の関係者が「準備してもまた中止となる可能性もある。退くも地獄、進むも地獄」と口をそろえる。感染拡大で文化芸術行事が真っ先に「不要不急」とみなされて以来続く筋書きのない「即興劇」の終幕はみえない。 (佐々木直樹)

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