涙すら出ない日々…背中押した亡父と仲間の言葉 熊本地震4年

西日本新聞 社会面 和田 剛

 当たり前の日常がいかにもろく、貴重であるか。新型コロナウイルスの感染拡大に直面する中、熊本地震の前震発生から14日、4年を迎えた。規模を縮小して熊本県庁で行われた犠牲者追悼式で、遺族代表としてこれまでの日々を振り返ったのは、同県西原村の内村勝紀さん(50)。自宅が倒壊し父の政勝さん=当時(77)=を亡くした後、建設業を始め、復興に尽くしてきた。後押ししてくれたのは、亡き父と仲間の言葉だった。

復旧が進む熊本城

 被災前は両親と妻、子ども2人との6人暮らし。前震で大きな被害はなく「余震があったらすぐ脱出できるように」と全員が1階で床に就いた。2016年4月16日未明、予想外の本震に襲われ、政勝さんが柱の下敷きになった。「家族との永遠の別れが、突然訪れたのです」

 家は傾き、暗闇の中、妻の携帯電話の光を頼りに脱出。母と小学生だった長女、長男の無事を確認したが、消防隊に救出された政勝さんは命を落とした。

 妻は大けがをし、佐賀県の病院に約半年間入院。子どもを育てながら片道2時間半かけて見舞いに行く日々。「余裕がなく、けば立った気持ちだった」

 涙すら出なくなり、ぼうぜんと過ごす中、仲間の存在は大きかった。「地元の仲間が『おまえが気張らにゃどぎゃんすっとか!』と背中を押してくれました」

 「自分の力ば試せ」。政勝さんが生前、独立を勧めていた言葉を思い出し、かつて土木会社で働いた経験を復興に生かしたくなった。勤めていた設備会社を辞め、地震から約4カ月後、建設業者として自立した。

 同じ頃、全壊し解体された自宅跡から、政勝さんが大事にしていた大黒天の置物が見つかった。口数は少なかったが優しかった父の姿が重なった。

 村の後輩と2人で始めた建設業は、今では内村さんを含め7人に。地震で傷んだ道路や壁を修復し、やりがいを感じている。一方で、村での生活再建を諦め転居した人もいる。誰もが迷いながら、前進している。

 「西原村の強い絆をしっかりと未来に受け継いでいきたい」と誓った内村さん。式典後、穏やかな表情を浮かべた。「4年間はあっという間。今の自分の姿を、おやじも心の中で喜んでくれるかな」 (和田剛)

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