JR日田彦山線、不通区間の「今」 鉄道好き記者のマニアックな旅

西日本新聞 もっと九州面 中原 岳

鉄ガクの旅(1) 

 「被災のため不通になっています」。時刻表の注釈は、いつ消えるのか。北九州市と大分県日田市を結ぶJR日田彦山線。2017年の九州豪雨で甚大な被害を受け、添田(福岡県添田町)-夜明(日田市)間は、今も運行を再開できない。沿線自治体の多くは鉄道を諦め、一部で専用道を走るバスによる復旧に傾く。もう二度と列車が走ることはないのか-。複雑な思いを抱きながら、不通区間の「今」を見つめる旅に出かけた。

 午前9時。博多駅でJR福北ゆたか線の快速列車に乗車し、新飯塚駅で後藤寺線に乗り換えた。車両は国鉄時代に造られたディーゼルカー。車体の銘板には「昭和55年」とあった。今年で40歳。ガルルルルルル…。大きなエンジン音にしびれた。軽快に走る新型車両にはない味わいがある。

 田川後藤寺駅から日田彦山線の旅がスタート。添田行きに乗り換えたいが、次の列車は約50分後。せっかくなので反対方向の小倉行きに乗り、次の田川伊田駅で下車した。

 駅舎の一角にうどん店があった。だしの香りに誘われ、ごぼう天うどん(380円)を注文。昨年12月にオープンしたばかりだという。駅弁やホームの立ち食いうどんが姿を消す中、列車の待ち時間に食事ができるのはありがたいことだ。

    ◇   ◇

 添田行きの列車に乗り、約20分で終点に到着。ここから先は不通区間だ。「JR代行バス」と書かれた日田行きのバスに乗り換えた。乗客は6人。平日の昼間とはいえ、寂しい数字だ。

 バスはカーブが続く山道を走り、福岡県東峰村に入った。添田駅から約40分、大行司駅で途中下車した。

 真新しい木造駅舎が立っていた。旧駅舎は九州豪雨の土砂崩れに巻き込まれて倒壊。村が昨年12月に再建したばかりといい、木材の良い香りが漂っていた。

 線路やホームは裏山の斜面にある。80段近い階段を上った。レールはさびついていたが、ホームや駅名表示板は被災前と変わらぬ姿をとどめていた。タタン、タタン…。耳を澄ませば、遠くから列車の音が聞こえてくるような気がした。

    ◇   ◇

 代行バスで一つ添田寄りの筑前岩屋駅に向かった。駅舎は無事だったが、線路は土砂に埋まり、変わり果てた姿をさらしていた。

 駅周辺を歩いていると、地元住民の80代女性に出会った。「列車の方がバスより速いし安全。小倉の親戚に会いに行くにも1本で行けた。不通になって本当に不便」と女性。地元の高校生は被災前、列車で県境を越え、日田まで通っていたという。「でも(沿線自治体では)東峰村だけが鉄道を求めている。復旧は難しいやろうねぇ」。寂しそうに語る女性に返す言葉もなかった。

 日田行きの代行バスに乗り込んだ。発車してすぐ、車窓に連続アーチが美しい日田彦山線の橋が見えた。被災前、橋を渡る列車の写真を撮りに来たことを思い出した。列車に乗って段々畑が続く車窓を眺めたこともある。まさに日田彦山線を象徴する風景と言える。もし豪雨で被災しなかったら…。天災とはいえ、悔しさに似た感情がこみ上げてきた。

 バスは久大線と接続する夜明駅に到着。列車で日田駅に向かい、日田市内を散策して久大線経由で福岡市に戻った。日田彦山線の復旧についてはまだ検討が続いているが、果たしてどうなるか。

      ◇◇

 ご乗車ありがとうございます。この連載では、鉄道好きの記者が、鉄道を「学」び、「楽」しみながら、九州各地を巡ります。少々マニアックな旅になるかもしれませんが、終点までどうぞお付き合いください。 (中原岳)

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