長崎と広島、異なる悩み 揺れる「被爆遺構」

西日本新聞 一面社会面 華山 哲幸

 長崎と広島は今年8月、被爆から75年の原爆の日を迎える。被爆地はいかに復興を遂げ、平和と向き合い、核兵器廃絶を世に訴えてきたのか-。両都市に拠点を置く西日本新聞と中国新聞は、共通するテーマをそれぞれの視点で描き、相違点などを知ることを通じて将来を展望する共同企画を始める。

 初回のテーマは、原爆の爆風や熱線にさらされ、傷みながらも、あの日の惨禍を伝える「被爆遺構」。保存され、「物言わぬ証人」として継承の役目を担う遺構がある半面、つらい記憶を想起させる、復興を阻害する、などの事情で既に撤去された建物も少なくない。

 昨年11月、ローマ教皇フランシスコは初めて長崎の爆心地を訪れ、核兵器廃絶を訴えた。特定の建物ではなく、爆心地一帯を遺構とする考え方が長崎で生まれたのは、広島の原爆ドームのような遺構が残されてこなかったことの裏返しに他ならない。

 鉄骨をあらわにし、平和の象徴として世界遺産にも登録された原爆ドームも、かつて撤去が取り沙汰されたことがあった。その広島では昨年来、巨大な被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の存廃を巡り、議論が続く。二つの被爆地、それぞれの事情を追った。

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