バンクシーは一体何者か? 東京芸大教授が素顔に迫る

西日本新聞 文化面 平原 奈央子

 英国を拠点に世界各地に落書き(グラフィティ)を残す神出鬼没の覆面アーティスト、バンクシー。痛烈な風刺を含んだ作品は、アート市場でも高騰している。昨年、東京都内でトレードマークのネズミの落書きが見つかり、日本でも知名度が上がった。一体何者なのか。東京芸大教授で社会学者の毛利嘉孝さん(長崎県大村市出身)が、その素顔に迫る「バンクシー アート・テロリスト」(光文社)を刊行した。

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 2018年、ロンドンでオークション会社サザビーズが開いた落札会で起こった「事件」は、バンクシー人気に拍車をかけた。代表作のひとつ「風船と少女」が1億5千万円で落札された瞬間、その場でシュレッダーにかけられたのだ。会場は騒然としたが、すべてバンクシーが仕掛けた演出。市場経済への回収を拒む意思表明だったが、裁断された作品はかえって付加価値がついた。これら平面作品は、グラフィティで描いたモチーフを絵画や版画にしたものだ。

 グラフィティのキャンバスは都市の空気に燻(いぶ)されたような、一期一会の壁。バンクシーは型紙にスプレーを吹き付けるステンシルの手法を使う。現場にいる時間を最小限にとどめ、高い場所でも描くことができるからだという。ネズミのモチーフには、どこにも属さず都市に生息する存在への共感が投影されている。

 「バンクシーは一貫して反権力、反戦、反資本主義。アンチを貫くアナーキーな姿勢からぶれていない」。毛利さんはこの反骨精神のルーツを故郷ブリストルに見いだす。ブリストルは英国西部の港町で、多様な異文化が流入。反権力の象徴でもあったロックやフリージャズ、レゲエなど音楽シーンを起点にしたストリート文化が隆盛し、街中に落書きがあふれた。その流れは「都市における文化的な市民権を獲得する運動」と毛利さんはみる。

 「落書きが多いということは多様性や表現の自由を受け入れる街の寛容さや成熟度を表してもいる」

 日本では落書きは排除されるべき無秩序として取り締まりの対象になるが、「落書きがない整然とした空間への志向は、管理者の視線を内面化した結果」と毛利さんは指摘する。そうした同質化と徹底的に対立するのが「ストリートの美学」だという。

 ストリートが生んだアートの系譜には米国のキース・ヘリングやジャンミシェル・バスキアがいる。彼らを支援したのがポップアートの先駆け、アンディ・ウォーホルだ。バンクシーは3人を意識してやまず、オマージュ作品を制作している。

 時代はテレビ時代からネット時代になり、夢に描かれた資本主義は円熟の果てにほころびを見せている。バンクシーはその虚を敏感に衝(つ)く。

 表現は次第に大規模なプロジェクトになり、15年に英国郊外にディズニーランドをパロディー化したテーマパーク「ディズマ(Dismal=陰気な)ランド」を期間限定で開園。17年にはパレスチナの分離壁沿いに「世界一眺めの悪いホテル」をオープンした。ブラックユーモアで社会の暗部を突くバンクシーを、毛利さんは「アクティビスト(活動家)」とも表現する。

 活動は有能な支援者に支えられた「チーム・バンクシー」とも呼ぶべき組織で進められ、収益の多くを寄付しているという。ネズミ小僧やロビン・フットのような「弱きを助け強きを挫(くじ)く」ヒーロー性が、子どもや美術に関心がない人たちの関心を引いている。

 権威や消費社会の下で無意識に従順になっている現代人の思考に、「アート・テロリスト」バンクシーは刺激的に切り込んでくる。そもそも、グラフィティはアートか否か。その問いを考えること自体、美術に高尚さや合法性を求めていることに気づかされるのだ。 (平原奈央子)

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