光州事件と日本の磁力 小出浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 まもなく5月。韓国の「米びつ」と呼ばれる穀倉地帯は、山々から吹き下ろす新緑の香りに包まれる。南西部の全羅道である。その中心都市の光州市で「光州事件」(1980年)は起きた。

 保守派の軍事政権の退陣を求め、最大時には約15万人の学生と市民がデモを行い一部は武装蜂起した。5月18日から10日間に及んだ闘争は軍の無差別発砲などで鎮圧され、少なくとも民間人死者180人を出す大惨事となった。

 事件は今も、私を含めた少なからぬ日本人を強く引き寄せる。「磁力」の源は何なのだろうと薫風の季節に考える。

 事件が現在にまで及ぼしているものは何か。今月、連載「韓国 葛藤-光州事件40年」で、本紙の池田郷ソウル特派員が克明にリポートした。事件はまだ歴史の一こまになってはいない。今日に続く保守・革新両派による政治激突の源流である、と-。

 その構図は先週の総選挙にも反映された。圧力か融和かで対立する北朝鮮政策は、日本など東アジアの安全保障にも影響する。私たちを引き寄せる力はまず、そんなところから生じるのだろう。

 実は日本からも、光州事件に対して大きな磁力が放たれていた。事件の首謀者として死刑判決を受けた反体制政治家、金大中(キムデジュン)氏の釈放を求める運動が日本全国で広がり、526万人分の署名が集まった。宗教家や大学学長らが救援声明を出し、私が通う大学にも立て看板が林立した。

 日本側には、金氏が東京のホテルから韓国情報機関に拉致された「金大中事件」(73年)を許した負い目があった。さらに、かつて朝鮮半島を植民地支配したことへの贖罪(しょくざい)意識も横たわっていた。

 金大中という記号を通し、日韓の民衆が手を携えるきっかけをつくったのが光州事件である。釈放された金氏は後に大統領になり、小説など日本の大衆文化の輸入を解禁した。最初の日本ブームが起き、日本には今何度目かの韓流ブームとなって跳ね返る。

 現地は「抵抗の地」とも形容される。穀倉地帯ゆえに、農民が中央官僚に搾取された歴史的背景がある。心の機微に触れる事情の一つだ。

 光州事件の際、現地には8人の日本人が居合わせた。その一人は食品メーカー、キユーピーの社員だった。現地法人と農産物プロジェクトを進めるのために滞在していた。肥沃(ひよく)な土地を象徴する逸話である。

 さかのぼれば全羅道の周辺一帯は、古代から日本に農耕文化を伝えてきた地だ。磁力の源はそこまで行き着くのだろうか。 (特別論説委員)

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ