平和を願う監督の精神 下村佳史

西日本新聞 オピニオン面 下村 佳史

 戦争が廊下の奥に立ってゐた

 82歳で亡くなった大林宣彦監督は、映画人生の集大成となった作品「花筐/HANAGATAMI」を語る時、何度この句を口にしたことだろう。日中戦争が泥沼化していく中、俳人渡辺白泉が詠んだ句だ。その2年後、日本は太平洋戦争へと突入した。

 「花筐」は2016年、佐賀県唐津市で撮影された。ロケ現場での囲み取材や、試写会など節目のたびにあった記者会見で、監督は時間を忘れ、作品に懸ける思いを話し込んだものだ。一つ一つの言葉に「嘘(うそ)から真(まこと)を紡ぎ出す映画」によって平和を築いていく信念が貫かれていた。

 戦争はいつの間にか日常生活に入り込んでいる。気が付くと、戦争がそばに待ち構えていた。白泉が敏感に感じ取った恐怖は、決して遠い時代の出来事ではない。

 監督は7歳の時、敗戦を迎えた。戦時中は米英の指導者を戦闘機で襲う絵を描く軍国少年だった。敗戦後、国家権力が唱える「『正義』が一番信じられなくなった」。だが今の日本で、その体験は風化しつつある。世界各国で戦争を知らない世代が指導者となる時代。理不尽で無益に人々が殺される災厄が忍び寄る気配を、監督は戦争を知る最後の世代として痛切に感じた。

 「花筐」は、そんな時代に警鐘を鳴らす。檀一雄の小説を原作に、戦時中に死の影を背負いながら平和を切に願った男女の青春群像劇だ。檀と監督の父親はともに「戦争中が青春だった」。愛や友情、命までもが戦争にもぎ取られた悲しき世代。戦争に殺されず自由に生き抜きたいと願った父親たちの世代の精神を映画でよみがえらせた。

 平和とは、どう実現するものなのか。作品にも描かれた「唐津くんち」の宵曳山(よいやま)の勇壮な情景が教えてくれる。曳(ひ)き子たちは町人の心意気を見せ、時の権力に負けず、命懸けで伝統を守ってきた。空襲警報が鳴ると「死ぬなら曳山と一緒に死ぬ」と周りに人々が集まったという。「古里の暮らしや文化を守る人たちの気高き精神こそが、戦争をなくす力になる」。監督の言葉を遺言と思い、かみしめる。

 モガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢(あ)はん

 檀の絶筆。冬の寒風が吹き付け、笛のような音を夜のたびに鳴らすが、必ず春はやって来る。最期まで平和をたぐり寄せようとしていた監督の願いと重ねている。

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 ▼しもむら・よしふみ 同志社大卒。1985年入社。福岡県糸島市誕生時の前原支局長、唐津支局長などを経て現在、福岡西支局長。

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