平野啓一郎 「本心」 連載第224回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

「僕が持ってて、使い切れないお金は、足りてないところに回した方がいいでしょう? それに一々(いちいち)、持って回った余計な口実が必要なら、回るものも回らないですよ。金持ちは、いつまでたっても金持ちだし、ない人はないまま。

 働かないと、お金を貰(もら)ってはいけないって、昔のケチな金持ちが考えた理屈ですよ。言葉だけじゃ、彩花さんの生活も楽にならないし、それをお金を持ってる僕がただ見てるのって、友人としては辛(つら)いんです。

 僕だから、寄付もたくさんしてますよ。慈善団体も作りたい。そのために、貰った人が自尊心を傷つけられるなんて、おかしいじゃないですか。」

 三好は、しばらくそんなやりとりを、絵文字を使いながら、険悪にならないように続けていた。

 僕はその様子を黙ってみていたが、「慈善団体」の話は初めて知り、もし自分がそこで働けるなら、どんなにいいだろうかと考えた。そして、最後には彼女に、

「貰っておいたらどうですか、今回は。」

 と言った。三好も、引っ込みがつかなくなっていたが、あれば助かるお金に違いなかった。

「朔也(さくや)君は平気なの?」

 彼女は、僕を問い詰めるように尋ねた。

「イフィーさんが言ってることも、僕は理解できます。僕自身は、三好さんと同じ抵抗感もありますけど、世の中のことを考えたら、そんな風にお金が回っていった方がいいんじゃないですか? 僕らもそのお金を使って、それがまた、他の人の手許(てもと)に行くわけだし、万が一、余るなら、誰かにあげればいいし。イフィーさんも、ああ見えて頑固だから、納得できる理屈を言わないと、聞き容(い)れられないと思います。」

 三好は、ケータイを持ったまま、本気だろうかと、しばらく僕の顔を見ていた。

 僕は、イフィーに嫌われるかもしれないということを恐れず、自分の考えを伝えようとする三好に敬意を抱いた。しかし、その胸中も忖度(そんたく)した。お金がそんなに簡単に手に入るなら、セックスワーカーまでしなければならなかった彼女の過去は、何だったのかと、僕でさえ思う。それに、今後のことを思えば、結局、生活の一部をイフィーとの友情に依存することで、僕たちは、彼に対する幾分かの率直さと、自由を失わざるを得ないだろう。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ