旅に出られない旅好きは

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 暦の上ではゴールデンウイークに入った。例年なら旅行に帰省にと大移動の季節だが、新型コロナウイルス対策で移動は控えよとのお達しもあり、散歩でお茶を濁す日々になりそうだ。

 旅行業界、観光業界の苦境は察するに余りある。「行けないでごめんなさい」と私が謝りたくなるほどだ。同時に、旅に出たいのに出られないのはなかなかつらいものだ、とも知った。

 こんな時あの人はどうしているのだろう、と気になったのが世界の辺境取材で知られるノンフィクション作家高野秀行さん(53)だ。コンゴ奥地、ミャンマーのケシ栽培地帯、ソマリア…などなど「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやる」という姿勢と、ユーモアにじみ出る文章への評価は高い。「辺境作家」を自称する高野さんに「旅に出られない旅好き」の心境を聞いた。

   ◇    ◇

 -困ってませんか。

 「このところイラクの大湿地帯について取材してまして、今は途絶えた三日月形の舟を現地で作ってもらい、3~4月にその舟で湿地を旅する予定でした。しかしイラク政府が日本からの入国を禁止した。ほぼ1年間日本にずっといるのは、35年間のライター生活で初めてのことです」

 -現地に行けない「辺境作家」は毎日何を?

 「先が見えないのは困るんですが、ここ7~8年ぐらい取材に行って本を書いて、というパターンでずっと忙しかったから、落ち着いて今夏に出版予定の『幻のアフリカ納豆を追え』の原稿に手を入れたりしてました。次にどこ行くか予定が立たないので、取りあえず英語の勉強もしてます」

 -いまさら英語?

 「もちろんどこに行っても英語は使ってるんですけど、先進国に行くことはほとんどないので『辺境の英語』ばかり。英米ネーティブの英語は新鮮ですよ」

 読者は「アフリカ納豆」とか「イラクの湿地帯」とかいう単語に首をかしげておられるだろうが、その辺に興味が向くのが高野さんの真骨頂なのである。

   ◇    ◇

 考えてみれば高野さんの専門とする辺境取材は、普段から「うまくいかないこと」の連続だ。困ったと言いつつ淡々と事態に対処しているように見えるのは、トラブルの場数を踏んできたからなのだろうか。

 -根本的な質問なのですが、人はなぜ旅をするのでしょう?

 「『非日常』の重要さですね。衣食住と仕事だけで生きていくこともできるけど、それ以外のプラスアルファが人間の心の奥底に必要です。ホスピス入所者は『もっと旅したかった』と語る人が多いらしいです。『もっと仕事したかった』と言う人はいない」

 -私の場合、旅行から帰ると「やっぱりわが家が一番」とか言うくせに、また旅に出掛けるのですが、これって何なのでしょう。

 「『わが家が一番』って、旅に出るから分かるんですよ。帰る家がなければそれは旅ではない。『放浪』になってしまいます」

   ◇    ◇

 私を含めた「旅に出られない旅好き」の連休の過ごし方を思いついた。高野さんの旅行記を読んで気を紛らわすのだ。読んだ後に一段と旅に出たくなる副作用のあるのが困るが、今はこれで我慢しておこう。
(特別論説委員・永田健)

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